偏り朝日

  今朝の朝日新聞

《あいち芸術祭「手打ち」では幕は引けぬ》と題した「社説」。

およよ、「社説」は読ませてくれるんだね。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14421391.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 ワシャは皆さんもご存じのとおり、朝日新聞の思想とは延々と対立してきたものである。しかし、今朝の「社説」の見出しには納得できるものがあった。そのとおりなのである。

「マヌケな愛知」の名前を全国的に広めてしまった「あいちトロイエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」について「手打ち」をするなどもっての外。文化庁と愛知県は、何が諸悪の根源なのかを暴き出すまで、徹底的に闘わなければいけない。

 ところが、文化庁のヘタレ役人と利害と、事なかれ知事の思惑が一致して《裁判も辞さない構えを見せていた主催側の愛知県が、手続きの不備を認めて減額を申し出、文化庁が応じた格好だ。》ということにあいなった。

 とはいえ、愛知県知事は県民に対して一切の説明をしていない。記者の「愛知県として瑕疵を認めたのか」との問いに明言を避け、補助金交付についての感想で「特にない。文化庁と協議し、この形となった」と述べただけである。なんの説明もしてないでしょ。

 愛知県民として、こういった中途半端なやり口に納得できるものではない。

 

 朝日新聞も納得していなかった。こんな曖昧な形での「手打ち」など許せませんよね・・・と、「社説」の本文を読み進める。

ぶぶぶ!

つい吹き出してしまったわい。な~んだ、やっぱりワシャの考えとは180度対立する左巻き社説だったのね~(以下、《 》書きは、社説本文)。

《文化を保護・育成すべき文化庁が使命を忘れ、それに真っ向から反する行動をとった事実は、厳然として残る。》

 文化庁が、「表現の不自由展・その後」に対して補助金を出すようなことについて、多くの健全な国民は「是」とはしない。これも健全な国民が敬してやまない皇室、左巻が金科玉条としている憲法が定める日本国民の象徴である天皇陛下を、踏みにじる行為に、なぜ日本国民の税金を投入しなければならないのか?

文化庁が9月下旬、安全に運営できるか懸念があることを事前に報告しなかったとして、不交付を決めた。しかしそのような報告義務は明示されていなかった。》

 公序良俗に反し、日本国の尊厳を損なう展示に対して、国庫補助を出してはいかんでしょう。そういう展示がしたいのなら自分たちで金を出して、展示場を借りて準備をして実施すればいい。そういう意味で「表現の自由」は保障されている。愛知県知事もここに矛盾が生じるので、絶対に説明をしないのである。

《どこをとっても異常な決定だ。政府が展示内容そのものを問題にして、不当な介入をしたと判断せざるを得ない。》

 だから、異常でも不当でもないって。アメリカの公営の博物館でトランプ大統領の写真や星条旗を焼いてごらんなさいよ、その場で射殺されまっせ。北京の美術館で、習近平の肖像や五星紅旗を燃やしたら、即刻、逮捕されどこぞの収容所で人格破壊され、消息を絶つのが関の山。

《表現活動にひとたび「反日」などのレッテルが貼られると、激しい攻撃の刃が向けられる。そうした動きを本来制さなければならない政治家が、逆にあおる側にまわり、文化庁までもが加担する――。そんな現実を目の当たりにすれば、作品をつくる者だけでなく、発表の場を提供する側も萎縮し、民主主義の土台である表現の自由を窒息させてしまう。》

 どこの国でも「反国家」に対する表現には厳しい。そりゃそうだよね、大半の健全で賢明な国民は、「反国家」を唱える一部の国家転覆を目論む連中とは違って、その国を愛してそこに寄り添っているのだから。その生存の基盤を破壊しようとする表現に厳しいのは当たり前だ。日本は、戦後の「反日教育」の成果(泣)で、極めてその点が脆弱になってしまった。

 つまりだ。表現の自由は必要である。そして 日本には私費を使ってなら「反日」だろうが「国家毀損」だろうが、なんでも自由にできる。表現の自由は、残念なぐらい保障されている。しかし、「国家反逆宣伝」に対して「国の金を使ってはいけない」ということだけなのである。

《「不自由展」後も、美術展や映画祭への公的機関の介入が続いた。広島県は、芸術祭の展示内容を外部委員会に事前に確認させることを決めた。やり方次第では憲法が禁じる検閲につながりかねない、危うい行いだ。》

 朝日の社説は卑怯である。「不自由展」の代表作品として、例の「朝鮮売春婦像」の話しか持ち出してこない。

 昭和天皇の肖像を焼却して踏みにじる、先の大戦で日本のために戦った若き兵士たちの尊厳を笑いものにする、そういったクズの展示については触れない。

 さすがにそういった点に触れてあれば、左筋に染まった老人読者たちも「あれ?」と違和感を抱くだろうが、そのあたりは、徹底的に隠して文を作っている。さすがは朝日の論説委員(馬鹿)。こんな偏った社説を見ぬけず、納得してしまう読者がまだ300万人ほどいるらしいが、その人たちにははやく洗脳から覚醒してもらいたいものだ。

《経緯も、責任の所在もはっきりさせないまま幕引きとすることは、到底許されない。》

 見出しとこの結論だけは、ワシャと同意見だ(笑)。

 でもね、ワシャと根本的に違うのは、朝日の言う「責任の所在」とは「政府・文化庁の責任の所在」であり、表現者と偽る「反国家主義者」たちの責任を1ミリも問うものではない。ワシャは・・・というか多くの普通の日本人が思うのは「双方ともにしっかりと検証して責任の所在をはっきりさせよ」ということである。