(続)自転車を買おう

 とにもかくにも、2時間ほどねばってようやく部品の調達が整い、自転車本体も系列店で確保した。最初はすぐに乗って帰るつもりだったのだが、そんなわけで納車は1週間後ということになった。

オバサン店員が熱心に薦めるので、自転車も1グレードアップしており結局71,100円の見積もりになった。まぁ仕方がないね。でも、オバサン店員が「タイショーが値引きしてくれますから」としきりに言ってくれたのに期待して、タイショーの最終的な決断を待った。

オバサン「(見積もりをタイショーに提示して)タイショー、いくら値引きしますか?」

タイショー「う~ん」

 1割でも7000円、そのくらいは言ってほしいところだ。

タイショー「うううう」

 せめて消費税くらいはおまけしてくれよ。5000円くらいは引いてくれ……とは、ワシャの心の声。

タイショー「うむむむ」

いつまで悩んでいるんだ。3000円くらいなら引けるだろう……これも心の声である。

タイショー「よし、100円」

 ワシャとオバサン店員は、ドッヒャーとなってしまった。オバサン店員はタイショーの顔をジロジロと見ていたが、ワシャが「ハハハ」と笑って、1万円札7枚と千円札1枚をカウンターの上に並べたのを見て、苦笑いをしながら頭を下げたのだった。

 

自転車を買おう

 昨日、近くの自転車屋に行った。3日前の夜に自転車が壊れてしまったので、新しいのを買うためにね。わりと親切なオバサン店員がいて、その人がワシャの注文を聴いてくれた。

「カゴは通常の鞄がそのまま入るように横幅50センチ以上のものでお願いします」

「ペダルは、自転車を押して歩くことができるように折り畳み式のものにしてください」

「ハンドルロックを着けてね」

「スタンドは2点式にしてちゃぶだい」

 などと、こまごまとした内容だ。

 まず、カゴである。横幅50センチ以上のものは店内にはなかった。現在の流星号の前かごはワイドが55センチあるとてもでかいもので、それはどんなカタログにも載っていなかった。そのカゴを着けてくれたのは、前の職場の先輩だったTさんで、ワシャをロードレースに誘ってくれた人で、Tさんと一緒に琵琶湖一周や富士山一周、太平洋から日本海まで横断とか、いろいろとロードレーサーで走り回ったものである。その方が、退職されてから隣町で趣味を生かして、小さな自転車屋を始めていた。

 でね、6年前くらいかなぁ。通勤に自転車を使っているのだが、小さい前カゴだとどうしても鞄が入らず、困っていた。そんな時、Tさんとたまたまあった時に、そんな不満を口にしたら「うちに大きいカゴがあるから着けてあげるよ」ということになって、装着してもらったのである。

その人のところで自転車を誂えようとも思ったんだけど、なにしろお店が遠いので、自転車なんていうのは、日日のメンテナンスが多いので、近所を自転車屋にしたんですわ(笑)。

 そうそう、カゴの話ね。近所の自転車店では大きなカゴがないので、カタログを探して、それでも見つからないので、お店のオバサンが、「以前にこのカゴを着けた人に入手先が聴けないか?」と言うので、それこそ5年ぶりくらい久々にTさんに電話をしてみた。

 おかげで、久し振りにTさんのお元気な声が聴けましたぞ。そして、カゴの入手先を尋ねると、Tさんが退職後、自転車屋修行に行っていた名古屋の自転車店の倉庫にあったものらしく、たまたまそこを卒業する時に、そこの大将からもらったもので、結局、入手先は不明とのことで、最初のカゴからこの有り様なので、ワシャはいつになったら新車に乗れるのだろう。おおお、もう出勤時間になってしもうた。この続きは明日のココロだ~。

 

ニャンコ先生、再び帰還す

 一昨日の夜のことだ。楽しい会があって少々飲みすぎた。なんだか家とは反対方向の、市街地の南のほうで(ワシャんちは市街地の北の端っこ)、騒いでいたような。そこで自転車をひっくり返されて、鞄もすっとんだ。それから以降はブラックアウトで、どこをどう家までたどり着いたのか、全く覚えていない。

 ただ、朝起きたら自分の布団にくるまっていた。だから、なんとか無事に帰ってきたことだけは間違いない。起きだして、居間に入ると、ワシャの鞄が放り出してあった。やれやれ。

でね、よく見ると、鞄の留め金のところに、挿してあったニャンコ先生の靴ベラがなくなっている。9月10日の日記に載せたやつですわ。9月4日にもなくして、また夕べもどこかで落としてしまったようだ。だから、昨日の朝、出勤するついでにというか、わざわざ大回りをして一昨日の夜に、おおよそ走ったであろう道をぐるぐるとニャンコ先生を探してみたんですよ。

 そしたら駅前通りの米屋の前で見つかった。車道の隅にニャンコ先生と鼈甲の靴ベラ(笑)と玉鎖がバラバラになった状態で転がっていたのだ。

 鼈甲の靴ベラ(笑)は、車に轢かれたか、いくつもの傷がついており、大きなヒビも入っている。玉鎖も二つにちぎれていた。奇跡的にニャンコ先生は擦り傷程度で無事だった。とにかく戻ってきてくれてありがとう。今度は、落下しないように留め具を工夫するからね。

 

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 ニャンコ先生は、ワシャの身代わり地蔵のような役割を果たしてくれたようだ。その時にちょっとした事故があったのだが、ワシャは擦過傷三カ所ですんだのもニャンコ先生のお蔭ですな。

 

ブログの話

 一昨日、森博嗣さんの本から引用をしたんだけど、同じ本の中にブログについて書いているところもあって、ここでもワシャはフムフムと納得してしまった。『本質を見通す100の講義』(大和書房)は、4年ほど前に出版された本である。その頃に、森さんは「ブログを書き続ける人がずいぶん減ってきた」という感想を持ったそうだ。数年前から、ワシャもそういうことに気が付いていて、はたと膝を打った。森さんの文章を引く。

《最初はすべてが新しい情報だからなんでも書ける。そこに自己表現の場を見つけて、本人も楽しい。》

 そのとおりである。ワシャは楽しくて書いている。続ける。

《しかし、表現すべき「自己」にも限度がある。ネタが尽きるのだ。日々の生活から拾うネタは、同じようなことの繰り返しになるから、「また同じことを書いているな」と自分でもつまらなくなるのだろう。》

 ふ~ん、ネタが尽きるのか。ワシャの場合、あんまりネタが尽きない。同じことはなるべく書かないつもりではいるが、6400回を超えると、何が何やら覚えていないのじゃ。でも、司馬遼太郎とか倉本聰については、何度も書いているので、あるいは被ったことを言っているかもしれない。それにしても、15年半もこんなことを続けている。暇と言えば暇だなぁ。

 

 ブログを始める切っ掛けは、作家の日垣隆さんのセミナーに参加したことだった。その時に、亡くなられたコラムニストの勝谷誠彦さんの講義もあって、その中で「毎日書くこと」の大切さを教えてもらった。この話は何度も書いていましたね。

 そのセミナーに参加していた何人かがブログを始めたんだけど、今はワシャと、友達のユッキィさんくらいしかやってないんじゃないかな。当時はツイッターフェイスブックもなく、ブログだけが唯一の情報発信ツールだった。始めた当初は、なんだか時代の最先端を走っているような気になったものじゃ。最初の1年は、閲覧数が5~10という惨憺たる有様で、まったく修行のような毎朝だった。最終的に閲覧数のカウントが500くらいまでになったが、はてなブログの終了を告知するのを忘れてしまって、辛抱強い読者の皆さんには何の前触れもなく終了してしまった。それでもメールを知っている仲間には、ここに変わったことを通知したのだが、結局、今、ようやく118人の方が覗きに来てくれるようになった(謝)。

 

 今週末、日垣セミナーで知り合った何人かのメンバーが西三河にやってくる。午後から読書会をやって、夕方から芸者会を開催する。三味線の音を聴きながら、一杯キューッとやるんですね。楽しみ楽しみ。

 彼らもこのブログを読んで「楽しみ楽しみ」と思っていてくれればうれしい。

子供の国

 先日、イギリスから来日したラグビーチームが靖国を参拝した。ありがとう、大人の国の皆さん、紳士の国の皆さん。

 イギリスは、先の大戦で日本と真っ向から戦った国である。お互いの軍が死力を尽くして戦った。東南アジアで多くのイギリス軍人が命を失っている現実があるにも関わらず、その国の方々が靖国の英霊に額ずいてくれた。さすがノーサイド精神を持つ国民性。

 かたや韓国は、先の大戦で1ミリも日本と戦っていない。当たり前だ。日本だったのだから。しかし、旭日旗を「戦犯旗」と蔑み、「永遠に謝り続けろ」と叫ぶ。そしてこともあろうに英霊を祀った施設を棄損までする。この国民性の差はなんなんだ(笑)。

 このことも、一昨日の日記で紹介した宇山卓栄『朝鮮属国史』(扶桑社新書)を読むとよく理解ができる。宇山氏は言う。

《朝鮮は歴史的に中国の属国にされてきました。》

 まさに、その2000年の経緯が解りやすく全編に網羅されている。

《その「歴史的隷属」がどのように朝鮮人の心を蝕み、「精神の卑屈」を生んできたのか、また。それが長い歴史の中で、今日まで受け継がれてきたのかを読み解いてきました。》

 ホントに解りやすかったですぞ。

《国民が自分たちの歴史を誇ることができない、このことが歪んだ政治(北朝鮮の核問題、韓国の反日など)を生む根源的な原因となっています。》

 日本も、イギリスも、戦う時には命懸けで戦ってきた歴史がある。それが国家の誇りであり、毅然とした民族の立脚点でもある。日本の歴史にも、イギリスの歴史にも、子孫に誇れる人物が数多存在する。そんなことはここで列挙する必要はないが、残念ながら朝鮮史には、存在しないのである。これは卑下して言っているのではない。厳然とした事実として提示しているのだ。

 朝鮮史には英雄がいない。それも仕方がないことなのではある。朝鮮は支那の文化、制度などすべてを模倣して生きてきた。だから名前も支那人と同様である。同じく支那の周辺国の名乗りを見てくだされ。チベットでもウイグルでもモンゴルでも、金日成とか文在寅などという支那名乗りではないでしょ。チベット文化研究所所長はペマ・ギャルポさんで、支那の名前ではないですよね。日本人になって白鵬だって、ムンフバト・ダヴァジャルカルって、完全にモンゴル人の名前でんがな。

 つまり、日本を含めて周辺国は、支那文明の影響は受けたけれども、まるまるコピーはしなかった。しかし、朝鮮半島の種族は完全コピーをした上に、まるまる支那冊封体制の中に呑み込まれてしまった。これを属国と言わずしてなんと呼称するのか。

 そもそも属国には主権はない。朝鮮王は、支那からやってくる使いにすら「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)」を捧げなければならない。三度跪き、九回額を地面に叩きつける、こんな屈辱的な挨拶を、たかが「使い」にもしなければならない国が、宗主国と対等であるはずないでしょ。

 徳川将軍に対して、幕藩体制の末端の貧乏旗本でも、そんなことを将軍に対して強要されなかった。支那の皇帝と朝鮮の王の格差がどれほどのものかお解りいただけますか。李氏朝鮮はそんなことを19世紀末までやっていたのだ。かわいそうに。

 かたや日本はというと、遡ること13世紀、聖徳太子が隋の皇帝に対して「対等宣言」をして、隋帝を激怒させている。それ以来、日本は中華帝国につねに対等で国を造ってきた。

 でも、朝鮮はそんなことはできない。「対等だ」などと言おうものなら、即刻滅ぼされてしまう。陸続きというものは、そういう悲劇を伴うものなのである。

 

 それでも朝鮮は、支那帝国には媚びながら、東の島国の日本を空想で蔑みながら、自らのプライドを保ってきた。ところが16世紀に、豊臣秀吉というとんでもない武将が現われて、あっという間に朝鮮半島を席巻してしまった。まぁ明に助けてもらったわけだけれども、ホッとしているのもつかの間で、また19世紀になって、見下していた東方の蛮族が、こともあろうに自分たちが尊敬してやまない中華帝国を戦争で負かしてしまった。これにはあっと驚くタメゴローで、お蔭で、帝国の頚木から解き放たれるのだが、なにしろ自立できない子供のようなもので、今度は日本にくっついてきたからたまらない。ここで、賢明なる伊藤博文は「併合」に反対をするのだが、とち狂った朝鮮人暴徒に暗殺をされてしまった。

 偉人のいない朝鮮は、この暴徒かテロリストか判然としない、それも自国を結果として「併合」という悲劇(ただし朝鮮人がそう思っているだけの悲劇)に誘った人物を、歴史上の偉人としてあがめることになる。まぁ他にいないのだから、選択肢はないのだけれど、この惨状はいかばかりであろうか。

 

 イギリスのラグビーチームの靖国参拝から随分と飛躍してしまったが、付き合うならどっちがいいと思いますか(笑)。

「不自由展」中止 その後

 昨日の朝日新聞の社会面にでかでかとこの見出しが出て、紙面の7分の5くらいを「不自由展」中止へのクレームと嘘で埋められている。

 のっけはこうだ。

《国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」(津田大介芸術監督)は、75日間の会期が残り1カ月となった。企画展「表現の不自由展・その後」が脅迫を含む抗議を受けて中止された問題は、再開を求める動きが相次ぐなど、波紋が広がり続けている。》

 まだやっていたのか。大村知事の軽挙のおかげで地に落ちた「あいちトリエンナーレ」はもうトリヤメナハーレ。昭和天皇のご真影を燃やしたり、日米国旗を貶めたり、そういった企画の好きな実行委員会が、展示再会を求める仮処分を名古屋地裁に申し立てたんだとさ。それを朝日新聞は同志として「波紋が広がる」と表現して応援している。テメーらが勝手に水溜りでバチャバチャと跳ねているだけで、飛沫が飛んで傍迷惑なんだよ。

 名大の先生で作家の森博嗣さんが『本質を見通す100の講義』(大和書房)の中でこう言っている。これは今回のトロエンナーレについて書いているわけではなく、フランスの雑誌社を襲撃した事件について数年前に書かれたものである。

《なにかというと「表現の自由」が損なわれた、と訴える声が上がる。日本では、たいていは性や暴力に関する表現が問題になる。》

 このことについてこう言われる。

《べつにその「芸術」を禁止するといっているのではなく、「公開方法を制限する」ということに対しての議論である。》

《ようするに、「表現」には手順というものがある、ということだ。誰にも、その大本の表現行為を禁止したり、非難しているのではない。公開のし方に工夫することで摩擦は避けられる。》

 森さんの仰るとおりなのだ。「表現の自由を侵害した!」とか騒いでいるが、まったく侵害していないのであって、問題なのは「公表」の方法なのである。誰かの写真を燃やそうが、薄汚いかまくらをこしらえようが、そのは本人の表現の自由なので勝手におやりやす。ただし「公表」に際して、大多数の人に不快感を与えるものについて、公の施設での「公表」はできないと言うことである。そしてそんな下品なモノ展示に公費は使えないというだけのことで、裁判所に持ち込むほどの話ではない。プロ市民の自宅で「私」で展示会をやればいいだけのことで、それで「表現の自由」は達せられる。誰も止めないからね。

朝鮮半島の話

蓮舫氏「嫌韓報道」への抗議声明に理解 「お互いを認め合う国に」》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190913-00000089-dal-ent

 蓮舫議員、まずそれを韓国に行って言ってきてくだされ。どれほどの日本人が「誰かを見下して自分の価値を認める」韓国の態度を腹に据えかねているか。あなたには見えないのか。

「お互いを認め合う国でいてほしい」と議員は言うが、1000年、日本を見下し認めない国柄があるというとを知れ。国会議員なのだから、もっと勉強してくれ。もともと頭はいいのだろうが、イデオロギーという色眼鏡を着けると、ほぼ何も見えなくなるから恐い。だからワシャも保守論陣ばかりの本を読むと偏ってしまうので、朝日新聞中日新聞を中和剤として読んでいるのだ。ダッハッハ。

 

文藝春秋』の10月号で、日本の理性のお一人であられる数学者の藤原正彦さんがこう書いている。

《日本が韓国をホワイト国から除外すると決定した八月二日以降、韓国国内では大規模な反日デモ日本製品不買運動がおこなわれています。しかし日本国内に目を転じると、韓国製品の不買運動反韓デモも全く見られません。この国家としての品格の差が、今、世界から見ると際立っているわけです。》

 ということなのだ。蓮舫議員がギャーギャー喚いているが、国民はいたって冷静で、テレビの報道にしてもNHKもTBSもテレビ朝日も、なるべくニュースを曲解して韓国寄りに伝えているじゃないか。それでも批判的に聞こえるということは、よほど韓国のやっていることが底抜けだということである。

 最近、宇山卓栄『朝鮮属国史』(扶桑社新書)を読んだ。タイトルからすると、また嫌韓本の一冊かいな?と思ってしまうが、けっこうまともな韓国史である。筆致もかなり冷静で朝鮮半島が刻んできた歴史を興味深く読ませてくれる。

 朝鮮半島が、世界史の中でも極めて特殊な歴史を積み重ねて、そして今の、「国際社会が規範としている法や秩序などの一般常識が通用しない」2つの国柄となっているのである。そのことが、朝鮮半島の歴史を丁寧になぞることで、明確に説明されている。

 繰り返すが、この本は「嫌韓本」の一種ではない。冷静な「韓国史」の本である。

 この本を読むことで、現代の朝鮮半島の悲劇が垣間見えるし、テレビでコメンテーターと称する物知り顔な連中の言っていることに軽佻浮薄さが身に染みて判るようになりますぞ。蓮舫議員にもご一読をお薦めします。