さぼる職員

《公用車使い「ほぼ毎日休憩していた」 商業施設や自宅で544回 “無断休憩” 非常勤職員を懲戒免職 愛知・一宮市》

https://news.yahoo.co.jp/articles/b46abe453c8587372583428da6f3f1fa4b5d6741

 まぁよくあるケースである。おそらく65歳の年齢から考えて、市職員を60歳で定年して非常勤職員として再雇用して働いているということだろう。保育園を巡回して文書を配布改修、軽作業という業務であるから、現役中もさしたる仕事はしていなかった職員と推察できる。

 でワシャの知っている話をすると、ある乱暴な課長が退職をした。仕事はしないんだが大声で部下を怒鳴り、方向違いの指示を出し業務を混乱させたりする、まぁどうしようもない職員だったそうな。たまたまその時期の人事部長と趣味が一緒で、その人にねだってようやく課長になったような人物。その人が退職して図書館と各公民館の本の配送・移動業務に再雇用となった。これがひどかった。ゆく先々の公民館で「お茶をくれ」と要求し、そこで雑誌を見ながら休憩する。各公民館を回って図書館にもどれば、自分の趣味の本を図書館の書棚から引っ張ってきて自席で就業まで読みふけっている。

 見るに見かねた館長が、軽作業や清掃の業務を命ずると「俺の仕事じゃない」と言い張って動かない。現役館長はその再雇用のオッサンの後輩だから何も言えなかったんですね。

 そこに新しい館長が赴任してきた。この人、態度の悪いオッサンと同じ課で働いていた。なにしろオッサン、仕事をしたがらない公務員の鏡のような人物で、やる気のあった部下(現館長)と何度もやりあって、常に上司をやっつけていた伝説を持っていた。

 その新館長が着任早々、席で引っくり返って雑誌を読んでいた再雇用のオッサンに雷を落とした。

「仕事をしなさい。司書の皆さんに確認すればいくらでも仕事はありますから。あ、さっきトイレにいったら男子用のトイレが汚れていました。清掃員のお手伝いをしてもらってもいい。とにかく業務中に趣味の本を読んでいる暇はない」

 と、畳み掛けた。オッサンは「ウ~ウ~」うなっていたけれど、弁舌では館長に太刀打ちできないらしく、何度も言われているうちに自席からは姿を消してしまった。他の場所でさぼっているのは館長にも見えなかったので、それ以上の指導はしなかったが、年度末にそのオッサンは別のごみ処理施設に異動となった。図書館が気に入っていたようだが残念だったね。

 これは一例である。公務員、とくに気のない職員は一宮やワシャの事例と似たような職員は山ほどいる。しっかり仕事をしている職員も多くいるのだが、その人たちの陰にかくれて怠けている奴らはいるのだ。

 こいつらが普通に仕事をすれば、随分と業務の効率が善くなるのだが・・・。

名古屋城昇降機問題

 昨日の朝日新聞地方版。《名古屋城の「昇降機論争」足踏み》という見出しが出ている。要するに名古屋城を建て替えたいのだが、昇降機を設置するかどうかで市側と障害者団体が対立し、話がとん挫している状態なのだ。

 上記のニュースは、ネットで検索したがなかった。朝日新聞はケチなのか無精なのか判らないが、ないので引けません(謝)。

 ワシャがまとめると、障害者団体側は「障害者の誰もが利用できる大型のエレベーターを天守内部に設置せよ」という主張で、市側は天守の規模や材質、構造などを正確に再現したいとする意向である。

 市側の線でいくならば、おそらく400年後には間違いなく文化財に指定されていて、国宝になる可能性もあるだろう。障害者側の主張を選択すれば、名古屋城はアミューズメントパークの一種となって、誰もが天守に登って名古屋の街の景色が眺められる。

 障碍者の代表は「エレベーター無しでは昇れない人を排除してまで、木造復元をする必要があるのか」と指揮しているんだとさ。やれやれ、仕方がないじゃん。歴史的なものを再現しようとしているんだよ。例えば奈良の石舞台古墳、エスカレーターを設置し、内部も石で凸凹しているんで、舗装でもしましょうか?

 ということなのである。これでも解らなければ、現状の国宝である5つの城、姫路、松本、松江、彦根、犬山の5天守に昇るには、狭い木造の階段を踏んで上がっていくしか方法はない。これらの城だってバリアフリーに配慮するなら、国宝の一部を破壊して昇降機なるものを設置するべきではないのかニャ?

 アメリカの空襲によって破壊された名古屋城、鉄筋コンクリートで似たようなものを昭和34年に再築したけれど、それは名古屋城ではなく、名古屋城のレプリカでしかない。さらには天守・子天守の東からの景観をぶち壊すエレベーター室が天守閣にぶち抜かれている。

 こんな不様なことを繰り返してはいけない。

 元は400年前に造られた城である。戦国と江戸の端境期、そりゃバリアフリーまで気が回らなかったんでしょう(笑)。

 それを復元しようということなのである。さらに言えば、きっちりと復元しておけば400年後に国宝になる可能性は高い。

 ぜひ、日本の歴史を重んじ、郷土の城を愛してくれるなら、「正確な再現」をみんなで推そうではありませんか。

 以前にも書いたけれど、ワシャの父親は犬山で生まれた。貧乏足軽の末裔なのだが、犬山つながりで城が好きだった。鉄筋コンクリートで復元された名古屋城にも何度も足を運んでいる。平成の半ば頃かなぁ、名古屋城の復元の話が膾炙されるようになって、「木造で再建されたら行くぞ」と楽しみにしていた。元々膝の調子が良くなかったので、「エレベーターの設置」を望むのかと思っていたら、「そんなものが城にあるか!オレが自力で登れなかったら、オマエが背負っていくのさ」と笑っていた。

 残念ながら父は、名古屋城の再建を見ずに彼岸に旅立ってしまった。そういう人もいる。障害者団体はあまり自分たちの権利ばかりを声高に言い立てても格好悪い。今、自分たちだけではなく、100年、200年先のことも考えようよ。その内にドローンのいいのができてさ、外から天守閣に行けるようになるかもしれないしね。

ちばてつやさん

 昨夜、NHKの「うたコン」がユーミンの名曲を特集していた、原田知世さんが「私をスキーに連れてって」のテーマ曲を歌った。「よし、明日はこの曲をベースに当時(1987年)のスキーの思い出で日記が書ける」と目論んでいたら、テレビにテロップが入った。

「ちばてつや氏、ご逝去」

 ガ~ン。スキーの思い出はすっ飛んだ。

《「読んで元気になるものを」『あしたのジョー』漫画家・ちばてつやさん(87)死去》

https://news.yahoo.co.jp/articles/ee151a1ef9055192f80b839cb6f7fa6bde31186b

 漫画家ちばてつやさんのことを書きたい。

 彼の作品と最初に出会ったのは「ハリスの旋風」だった。運動神経抜群の石田国松が主人公で、テーマソングの「ドンガードンガラガッタ、ドンガードンガラガッタ、国松様のお通りだい」の歌詞を未だに覚えている。

 その後が、ちば作品といえば誰もが必ず挙げる名作「あしたのジョー」。だがワシャは、その後にビッグコミックで連載の始まった「のたりの松太郎」が気に入った。だって、矢吹ジョーってメチャメチャ格好いいんだけど、松太郎は乱暴者でブ男で酒飲みで、もうマトモなところのない男なんですよ。そいつがたまたま大相撲の世界に入って上位に昇っていく一種のサクセスストーリーなのだが、この経緯もハチャメチャでおもしろい。さらにワシャがガキの頃から相撲好きであったことも、この漫画を一番に推す理由ではある。

「のたりの松太郎」である。この物語は当然のこと、暴れ者の松太郎が主人公なのだが、彼と同期で相撲界に入った秋田出身の田中清も重要な役回りを演じる。この漫画、全36巻で完結するのだが、最後は田中清の幕内優勝と結婚で幕を引く。どっちかというと田中清が主人公のような余韻を持つんですね。

 第1話に登場する松太郎の担任の島田先生、同僚の南先生(後に松太郎と結婚)、第2話から顔を出す炭鉱夫の西尾のジッチャンなどは36巻までずっと出続けている。それぞれがいい役回りを演じて、適当に生きていくことの楽しさを伝えている。ここいらがストイックなジョーとは違うところだじょ~。

 ワシャも年を取ってきたということなのだろう。書棚に並ぶ本の著者がこのところ続けてお亡くなりになられた。7月には東野圭吾さん、9月には倉本聰さん、そして今月は村上龍さん、そしてちばてつやさんである。どの方の本にも力を、元気をいただいてきた。おそらくワシャの身体の何パーセントかは、この方々が創られた物語でできていると感じる。恩人たちが次から次へと彼岸に渡っていく。

 あ~あ、人生ってわりと短いものなんですね(笑)。

首相の話が続きますが・・・

 福田元首相が亡くなられた。もちろんご冥福を祈るものである。だが、お亡くなりになられても首相として、政治家として、やってはいけないことはあるわけで、それは指摘しておきたい。

 昨日の定例の読書会で「田中角栄」に関する本を取り上げた。その関連で何冊かの昭和の宰相、自民党政治などに関する本を読んだのだが、評論家の渡部昇一さんの『裸の総理たち 32人の正体』(李白社)に興味深い章があったので記しておく。

 最終章が福田康夫氏である。タイトルは《宰相になるべきではなかった宰相》と渡部さんはかなり厳しい。要するに「政治家になるつもりはない」、「首相になりたいとはおもわない」と常に口に出していた。このことを渡部さんは「消極的だ」と言っている。さらに「人の気に入らないことは言わない」というのがモットーだった。でもねこれが政治家、首相ではどうしようもないわさ。

 台湾の李登輝総統が病気になり、治療の目的で来日を希望した。ところが官房長官だった福田は、河野洋平外務大臣と連携して、李登輝さんへのビザ発給に反対した。支那共産党を慮っての愚挙である。北朝鮮の拉致問題に関しても、家族会の皆さんに終始冷淡な態度をとり続けていたしね。

 首相の時である。北京でオリンピックが開催される運びになったのだが、まだ支那共産党はチベット、ウイグルの弾圧を続けていた。そのこともあって世界各国で聖火リレーに抗議する動きが出た。これに対し支那共産党は「聖火防衛隊」という警察組織を各国に送り込んでリレー走者を守るというとんでもない行動に出た。日本政府は一応は日本国内での支那の警察権行使を否定したんだが・・・ここから渡部さんの文章を引く。

《リレー走者が走った長野県を視察してきたある議員は「日本は完全に中国に支配されていた」と証言していました。チベットの人たちが聖火リレーに抗議すると、聖火防衛隊の中国人が寄ってたかってボカスカ殴っていたというのです。日本の警官はそんな中国人をけっして捕まえようとはしない。》

 現場の警察レベルではなく、もっと上のほう、はるかな高みにいる人物から「聖火防衛隊には手を出すな」と指示が出ていたんでしょうね。

 首相には66人がなっている。その中で民主三バカもひどかったが、自民三バカも出来が悪い。キッシー、ゲルゲール、そして・・・。

 ま、いろんな首相がいるということですわ(笑)。

角栄の続き

 このところ田中角栄の話題が多くなっているが、読書会の課題図書が『田中角栄』(中公新書)だったし、元々興味があった人物だったことから、角栄にはまり込んでいるようだ(笑)。

 今日は角栄と、その後継たちを見ていきたい。まずは石破茂である。小林吉弥著『新 田中角栄名語録』(プレジデント社)の中の記事である。ちょっとまとめますね。

 石破茂の父、二朗(参議院議員)が亡くなる直前に、そのことが角栄の耳に入った。角栄は「どうしても二朗のところへ行きたい。予定はすべてキャンセルしてくれ」と秘書に告げ、鳥取へと飛んだ。このフットワークの速さが、田中軍団を形成させる底力だった。

 その後、茂ゲルゲールは、父の跡を継ぎ衆議院議員となり、田中派入りを決めた。後にゲルゲールは「私の親分は田中さんしかいなかった」と言っている。

 このことを著者は「人に好かれ、人がついてくるのは当然」と言っているが、いやいや、田中派のその後を見れば、角栄の実行力、しっぺ返しが恐ろしくて、強者のところに侍っていたというのが子分たちの本音だろう。

 まさに昭和60年、角栄が脳梗塞で倒れ入院するとなれば、子分どもはあっという間に田中支配から離れて、竹下登の創成会に移ってしまった。おいおい、おめえら、角さんへの義理はどうしたんだい(笑)。

 石破茂は、なにをとち狂ったか、鳩山由紀夫らとともに政策勉強会を立ち上げて、角栄とは袂を別つ。あんたの親分は田中さんしかいなかったんじゃないの?

 もっとも出来の悪かった末弟子はこの程度にしておこう。その上のマヌケな高弟たちを見ていく。

 角栄の足元をすくった竹下登も竹下で、角栄への恩なんてこれぽっちも持っていなかった。竹下と一緒に角栄を突き放した金丸も後に銭まみれということが明るみに出た。小沢一郎も自民党をおん出て、高齢にも関わらず相変らず議員を手放さない。

 竹下同様に首相になった橋本龍太郎も支那べったりでどうしようもない。当時の噂では支那大使館の女性となにかあったとかなかったとか。

 なにしろ、角栄の出来の悪い弟子どもはみんな親中ときているから困ったものだ。

 以上に羅列した角栄の子分たち、金丸信を除いて他は世襲議員ばかりである。一代で国会議員、首相にまでのし上がった角栄が身罷って33年、世襲は政界にますます蔓延って、物の悪いお嬢ちゃまなんかも、首相候補の噂が立つ時代になりました。

 嗚呼已んぬる哉。

ありがとうございました

《真実の最も美しい露呈を見出すことができるのは、戦死者の手記の中ではあるまいか。(中略)彼らの他にあてた手紙の類の中には、ほとんど異常な興奮といったものは見出されない。また心底からの狂信などは影もない。あるのは絶対的な死地におもむく者の、尊く胸うたれる心ばえだけである。》

 以上の文章はフランス人ジャーナリストのベルナール・ミローの神風特攻隊への感想である。

 ワシャも同様に、レイテ沖海戦で劇的に登場した特攻隊、それ以降の若者たちの命を捨てた特攻攻撃に、強く胸を打たれる者である。

 初出撃の神風特別攻撃隊敷島隊の隊長は関行男大尉(26歳)。彼の率いる5機はマニラ近郊の飛行場から出撃し、沖合を進む米空母ホワイト・プレーンに特攻をかけた。彼らに随行していた直掩機から司令部はその戦果の報告を受ける。

「空母一に二機命中撃沈確実、空母一に一機命中大火災、巡洋艦一に一機命中轟沈」

 関大尉から5ヵ月前に結婚したばかりの新妻にあてた遺書がある。ワシャは今、泣いている。でも引きます。

《何もしてやる事も出来ず散りゆく事は、お前に対して誠に済まぬと思って居る。何も言わずとも、武人の妻の覚悟は十分出来て居る事と思う。御両親に孝養を第一と心がけ生活して行く様、色々思出をたどりながら出発前に記す。》

 関大尉・・・新婚の奥様が・・・いくら「武人の妻」とはいえ、覚悟が決まっているわけがありませんよ。夫の戦死の連絡を受けて、どれほど悲しかったか・・・。

 関大尉は軍艦に突っ込んで大爆発をして亡くなっている。すべて燃え尽きたか、あるいは軍艦とともにレイテの海に沈んでいる。

 さぁ、奥様が最愛の夫に逢えるのは、どこだと思います?

 ワシャはまた泣けてきた。

 それは靖国神社に他ならない。おそらくレイテで散った5人も出撃前に「靖国で会おう」と誓っているはずで、彼らは一片の骨すら残っていなくとも、だからこそ靖国に帰ってくる。だから靖国が大切なのである。

 奥様は何度も関大尉に逢うために九段に足を運ばれたろう。そこで妻に微笑む関大尉に出逢えたに違いない(泣)。

 嫌な話をはさむが、なんでそんな大切な場所を、大東亜戦争を戦ってもいない支那共産党にグツグツいちゃもんを付けられなければならないのか。多くの関大尉たちに首相をあげてお参りにいくのは、彼たちが命がけで救ってくれた日本人の後裔として当然のことではないか!

 昭和19年10月25日、レイテ沖海戦で神風特攻隊、初出撃。

外人犯罪のニュース

 ううむ、「X」のようにことさらに並べ立てて危機を煽ろうということではないんだが・・・。

 ワシャは朝日新聞と中日新聞の二紙をとっているんだが、今朝の朝日新聞の地方版に《覚醒剤約2.5キロ密輸容疑で男を逮捕》というニュースが載っていた。逮捕されたのは、イラン国籍の住所不定、無職の男である。

 昨日の朝日新聞の社会面には《処方箋なし マンジャロ販売容疑 2人逮捕 主に訪日中国人》という記事があった。糖尿病治療薬を処方箋なしで売って、6500万円以上の不当利益を稼いでいた。

 一昨日の中日新聞である。《豊川の病院敷地に4月 イラン人男性の遺体 覚醒剤使用疑い男女3人逮捕》と報じている。

 今日の朝日新聞には外人とはどこにも書いていないけれど《小ジカの4死骸 人が傷つけたか 興福寺・東大寺周辺》とある。食用となる部位が欠損した小ジカが4体も見つかったケースは今までなかったという。

 どうだろう?わずか3日で4件、連日の新聞に外人による犯罪が載っている。別にワシャが新聞を選ったわけではなく、これだけの数が出てくる。朝日、中日などは左の新聞で、移民には好意的なメディアだと思うのだが、それでもこれだけ紙面を不良外人が賑わしている。これが日本社会の現実と見て間違いない。

 経済界という金の亡者どもが、低賃金労働者を求めているがゆえの移民政策。しわ寄せは地域や市民に降りかかってくるのだが、金持ち亡者どもは運転手付きの高級車の窓から外を見て「最近、日本人を見なくなったなぁ」と呟いているだけ。いいかげんにしろよ(怒)。