ヘイトスピーチ規制条例

 法務省のホームページにある。

ヘイトスピーチ、許さない》

http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html

《令和元年6月3日(月)で「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」,いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」の施行から3年を迎えました。

 我が国におけるヘイトスピーチ問題への理解は進んできてはいるものの,いまだ国民全体に理解が広まったとは言えません。

 法務省の人権擁護機関においては,ヘイトスピーチは許されないという意識をより一層普及させるため,引続き広報・啓発活動を行ってまいります。》

 これに乗せられて、川崎市が「差別のない人権尊重のまちづくり条例」を策定してヘイトスピーチを取り締まるそうだ。

 

 これは極めて危険な発想である。詳細はもう少し研究してからコメントをしたいが、ヘイトスピーチを規制する法や条例は、「人権擁護法」に連なるものであり、「亜種」と呼ぶ識者もいる。

 そして、人権擁護法というものが、実は恐ろしい法であり、スターリンKGBナチスゲシュタポにつながった民主主義や言論の自由を強く束縛するものである。

 

 このいかがわしい法案、条例案について調べてみることにする。

 

詐欺師の逆を突け

 そもそも、人をはめようとしているヤツの言うことの逆を行動すれば騙されない。

 おれおれ詐欺振り込め詐欺融資詐欺など、どんな詐欺にしても、詐欺師の言うことの逆をやっていれば大丈夫だ。

「〇〇銀行で現金を振り込んでください」

「どこそこまで現金を持ってきてください」

「キャッシュカードをお預かりします」

 振り込まない、持っていかない、預けない、そういうことなのである。

 

 沖縄の親中、親特定アジア新聞の沖縄タイムスがこう言っている。

《社説[日韓関係悪化]感情抑え着地点を探れ》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190715-00445426-okinawat-oki

《この輸出規制は、非難の応酬を続ける段階から、強硬措置という新たな段階に踏み出すもので、緊張の度合いはこれまで以上に増している。》

 反日新聞はそう言うけれども、非難の応酬が今まで続いてきてはいない。ことごとく非難をしていたのは韓国サイドであり、ここ30年平身低頭してきたのは、常に日本なのである。

 ずっと不良に金をたかられてきた育ちのいい坊っちゃんが、ようやく毅然と「お金は渡せない」と立ち上がって現実に対峙したのである。これを「新たな段階」と呼ぶならそうであろう。

 この「社説」突っ込みどころが満載なのだが、そのあたりはお読みいただくとして、最後の「結」で2点だけ突っ込んでおきたい。

《感情的になりやすい問題だけに、冷静に着地点を探る努力が必要だ。そのためには首脳同士の意思疎通が不可欠である。》

 感情的になってきたのはつねに半島だったよね。「感情的になりやすい問題」ではなくて「感情的に韓国が先導してきた問題」なのである。そして、その後段に、反日新聞なりの提案をしている。ものごとをいいほうに進めるためには、その反対を選んでいけばいい。「着地点を探れ」と言う。ならば、着地点を探さなければいいことが起きる。「首脳同士の意思疎通が不可欠である」ならば、意思疎通をしなければ問題は解決の方向に向かうであろう。そういうことなのだ(笑)。

 

《立民や共産、対韓輸出管理強化を批判》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190714-00000513-san-pol

 ほらほらぁ(大笑)、立民や共産が批判をしている。これなんかも象徴的なことですわな。だいたいこの政党の主張の逆をやっていくと日本の舵取りは間違わない。これは歴史が証明しているし、国民の支持率を見ても、その通りなのである。

 

《デモ隊と警官隊が激突 香港「条例反対」以外も拡大》

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190715-00000005-ann-int

 一国二制度などという「まやかし」が白日の下に晒されている。中国共産党の下知がなければ辞任もできない行政長官ってなんなんだ。行政長官は香港市民が選挙で選んだのではないか?まぁ選挙そのものがまやかしなんだけど、ここにも詐欺がある。これに気がついた香港市民が、逆の行動に出て、行政長官とそのバックにいる中共があわてている。あたりまえだ。

 

播磨灘物語(続き)

 11日、高松から乗ったマリンライナーで岡山まで出て、そこで新幹線に乗り換える。ホームで上りのこだまを待っているのだが、いっこうに来る気配がない。時刻表によれば、すでにホームに入って来ていて、通過列車を待っているはずなのに……。

 目の前に派手な車両は停まっているんですよ。でも、肝心のこだまが来ない。「おかしいなぁ」と仲間と言い合っている時に気がついた。車両に付いている電光掲示板に「こだま744号新大阪行き」と出ているではあ~りませんか。ワシャらの乗る列車ではあ~りませんか。JR東海のこだま号とは違うデザインだったのね。ワシャらは見慣れた白とブルーの車両を探していたものだから、そりゃいつまで経っても見つかりまへんはなぁ。

 姫路着が17時35分、そこからホテルまで歩いて10分。ちょうど駅と姫路城の中間くらいにある場末のホテルといったところだった。だってぇ隣にソープランドがあるんですよ。同行者の中には女性もいる。さすがにソープの横のホテルに入っていくのは気恥ずかしい。

 チェックインを済ますと、荷物を部屋に置いて、もちろん!ソープには脇目もふらず、食事を兼ねて夜の姫路駅前の状況を確認に行くのだった。明日の朝も見に行くけれど、夜の景色も見ておきたいからね。ホント、健全な調査旅行である(自画自賛)。

 

 翌12日、午前5時30分に起床。午前中に姫路のNPO法人を訪ねる。姫路駅北駅前広場の整備

http://www.city.himeji.lg.jp/s70/2212598/_25050/_25051.html

についてのレクチャーを受けるためである。

会議の約束は午前9時半。でもねその前に姫路駅北駅前広場の日中の状況を確かめておきたかった。だから、食事をしたらすぐに出かけたい。とにかく身軽に動き回りたいので、この2日間にたまった資料とか本とかを箱詰めして宅配便で自宅に発送する。おおお、鞄が軽くなったわい。

 早朝からじっくりと姫路駅北エリアを観察し、その後、視察会場に乗り込んだ。事前の仕込み(予習)が充分にできているので、会議は内容の濃いものとなった。結局、予定時間を過ぎても、侃々諤々の議論が続き、ホスト側の予定していた現地での説明が短くなってしまった。でも、前日の夜、当日の朝と、現場を見ておいたから会議室での話でもよく解るんですね。

日垣隆『情報への作法』(講談社)、永江朗『インタビュー術』(講談社現代新書)などを読んでおいてよかった。

 昼まで、姫路のNPOの皆さんにお付き合いをいただき、食事を済ませて、午後から再び午前中のレクチャー検証のために駅前を巡った。復習である。時間があれば、姫路市文学館の司馬遼太郎記念室

http://www.himejibungakukan.jp/event_calendar/shiba/

にも行きたかった。が、なにせ時間がタイトなものですから、今回は司馬さんにご挨拶は叶わなかった。

 そして午後の調査を終えて、新幹線で愛知県に戻ったのであった。あ~疲れた。でも、充実した取材旅行だった。

 

 ところで、ここ2日の日記のタイトルが「播磨灘物語」となっているが、司馬遼太郎の『播磨灘物語』の話などひとつも出てきていまへんわなぁ。最後のところで「司馬遼太郎記念室」が出てきたんで、そこだけの絡みでは、ちょいとタイトルとしては弱い。

 これはですね、瀬戸内海の地図を見ていただくとよく解るんです。瀬戸内海の東部分は、紀伊水道、大阪湾、播磨灘、この3つの海から成っている。紀伊水道なんか外海じゃないのかと思うけれども、ここも瀬戸内海。淡路島の東側が大阪湾、ここはもう大阪湖と言ってもいいくらい内海である。そして淡路島の西側が播磨灘。ここも明石海峡鳴門海峡で括られて、西側は小豆島、直島諸島で蓋をされ、内海となっているのである。浜名湖だって湖なんだ。ここだって、まさに播磨湖と言ってもいい地形なのである。

 その内海の播磨灘をぐるっと一周するかたちで今回の取材旅行が成立している。淡路、阿波、讃岐、播磨。つねに進行方向右側に海を見ながらの旅だった。

 今回は業務上の取材だったけれど、この地域を歴史的観点から見るとさらに面白かったんですがね。国生みで最初の淡路之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)、高田屋嘉平、阿波蜂須賀家、源平屋島合戦、そして黒田官兵衛播州である。こうやって考えると、この播磨灘という内海は、日本の歴史に深く関わってきたのだなぁ。この度は、歴史の「れ」の字にも触れることはできなかったが、また機会を得て、歴史の取材に訪なってみたいものである。

ということで、「まちづくり」という視点からの小さな播磨灘巡りということでタイトルをつけている。

 どのみち大した根拠ではなかったですね(笑)。

播磨灘物語

播磨灘物語』は司馬遼太郎の名作である。しかしタイトルの「播磨灘物語」は、スケールの大きな司馬作品とは違ってまことに小さな物語である。

 

 ここ3日ばかり西三河を留守にしていた。それは仕事の関係で業務調査に出かけていたからである。まず訪れたのが淡路国最西端の門崎だった。門崎は、ちょうど鳴門海峡を塞ぐ扉のように鳴門海峡に突き出た門の岬で、別名を鳴門岬と言う。

 そこに立地している道の駅「うずしお」が高収益を上げていることを聞きつけて、その経営状況や組織の有り方、あるいは自治体との関係性などを確認するために訪問をした。もちろん現場を見るということが重要であることは言うまでもない。けっして鳴門の渦潮を観に行っただけではないのであ~る。

 詳細は、資料を宅配業者に委ねてしまったので、また後日、まとめをするけれども、なにしろ辺鄙な田舎の道の駅、それも大して大きくもないところが、いくら渦潮という観光資源があるにせよ年間十数億円の売り上げを叩き出しているのは注目に値する。なにしろ年間売上数千万というまったく機能していない道の駅もあるんだからね(泣)。

 

 そして関門海峡を渡り、四国に入った。阿波国である。徳島駅前で宿をとっていたので、チェックインして、早々に街の探索に出る。

 ほほお……徳島市、25万ちょっとの人口だと聞いていたが、いやいやなかなか都会でしたぞ。西三河のワシャの町とはわずかに数万人の差でしかないが、さすが蜂須賀26万石の城下町である。文化の気品、歴史の風格をもった町であった。

 八百屋町、東船場町、籠屋町など、いかにも江戸風の名前である。そんなところを見て歩いたが、こういった所が「コンパクトシティ」には向いているのではないか。中心市街地を流れる新町川沿いの居酒屋に入って、夕食兼軽く一杯ということで、鱧に舌鼓を打ったのでした。

 

 翌朝はやわらかな雨。蓮の葉に水の玉がみるみるできて零れていく。そうだ、徳島は蓮根の一大産地だった。蓮の葉にうずめられた農地の中を高徳本線は讃岐に向かって走っている。

 高松について、一服もせずに、丸亀町商店街にもうダッシュ。バブルと国の愚策で壊滅状態となっていた商店街を立て直した話を当事者から直接にうかがう。地方都市の商店街の奇跡の復興をどうしても見たかった。

すでに基本情報はネットなどで揃えてはあるが、まだ詰め切れていなかった。商店街を知るためには「その商店街にある書店に行け」、街の取材が大好きなワルシャワはこれを鉄則にしている。もちろん丸亀商店街にも老舗の書店があった。「宮脇書店」である。ここに飛び込んで書店員に「丸亀商店街について書かれている書籍をみんな集めておいてくだされ」とお願いして、集めてもらう時間を使って商店街を歩きにゆく。A街区からG街区まであるのだが、それらを1時間ほどかけてつぶさに見て回った。

書店にもどると、2冊の本が用意されていた。今ここで紹介しようかと思ったのだが、これも別便でホテルから送ってしまっていて、現在、ワシャの手元に届いていない。ご紹介できないのが残念じゃ。

それを購入して、丸亀商店街の百十四銀行の前にあるベンチで本を読み始める。そのベンチはちょうど木陰になっていて、涼しくて、久しぶりにいい読書タイムだった。小一時間で付箋を20枚ほど貼り終えて、昼食に讃岐うどんをたべて、商店街振興組合の扉を叩いた。そこから3時間あまりみっちりとレクチャーを受けて、議論もし、こちらが次から次へと核心部分を突いて、質問を繰り出すものだから、講師のほうも熱くなってきて、最終的にとても打ち解け、本音をお聴きすることができた。講師には、買った本にサインももらったんですよ(笑)。

この「サインをしてもらう」というのが取材では大切で、付箋のびっしり打ってある本を差し出すと「おまえはそこまで事前学習をしてきたのか?」と、講師の垣根がぐっと下がるのだ。

不勉強な視察にはそれなりの、観光目的の視察にはおざなりの、そんな対応をすることは、前の仕事で200件ほどの視察を受けてきた人間としてよく解っている。だからこそ、取材側が理論武装をして臨む。そうすると迎撃する方も真剣にならざるをえない。真剣勝負は本当に楽しいのである。

 同行した他のメンバーも、初日の視察では、「双方の型どおりのあいさつ」やら「質問の順番」にこだわっていたのだが、どうやらワシャのやり方を理解してくれたようで、2日目は自由にやらせてくれた。ほとんどワシャが口火を切って、核心をズバズバ質問し、最終的なまとめもしてしまうというやり方を尊重してくれた。ありがとう。

 結局、質問・議論が長引いて、商店街の見学時間はなくなったが、レクチャー前に回っておいたので、その点は問題がなかった。商店街から高松駅までは、ほとんど駆け足のような状態で、なんとか岡山行きのマリンライナーに間に合ったのだった。

 

 まだまだ続くのだが、ちょいと長くなった。続きはまた明日のココロだ~。

播州

 

 おはようございます。昨日のうちに高松から瀬戸内海を渡って岡山経由で播州姫路に入っています。

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 久しぶりの白鷺城との対面です。

 相変らず綺麗なお城ですね。

 気品があるというか、佇まいがいいというか、日本の名城のトップだけのことはありますなぁ。

四国

 おはようございます。徳島市にいます。観光であちこち巡りたいのですが、仕事なので、今から電車で高松市に向かいます。

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徳島駅ホーム

 高松での仕事は得るものが多かった。また、ここで小出しにしていきたい。

 仕事を終えて高松駅まで戻った時にちょいとした場面に出くわした。Tシャツに短パンの、年の頃なら50前後といったところの坊主頭、口髭の男が大声で警察官を詰っていた。かなりきつい言葉をぶつけている。いい体格をしているおまわりさんは、それを黙って開いている。そりゃあ市民だって言いたいこともあるだろう。

 でもね、ものには言い方ということがある。警官にあの詰りはない。公務執行妨害で逮捕だな。アメリカなら射殺されるかもしれない。

 

 

ちょいと出掛けます

 おはようございます。仕事で関西方面に出張します。もう家を出る時間になりました。新幹線に乗ってから、また登場しますね。

 

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 三河安城で「こだま697号」に乗ります。今、入ってきたヤツです。

 勝谷誠彦さんの故郷の「尼崎」を通過しました。

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 もちろん新幹線ではなく、在来線で。

 

 明石海峡大橋を渡ってます。

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 淡路島に入りました。