伊東市長選挙について

《「きょうは行きたくない」 落選の田久保眞紀 前市長が”取材拒否” 約束の場所に姿を現さず 最後まで誠実さを欠く 捜査の行方に注目集まる 伊東市長選》

https://news.yahoo.co.jp/articles/0d61dab8dfb22fa9b49192bdb087769fd8d522f4

 ようやく伊東市民の鉄槌がくだった。天然ポジティブのウソつきであきらめの悪い女がようやく公職から消える。伊東市、本当によかったね。

 しかしこのために費やした市費は莫大なものになってしまった。まずやらなくても済んだ市議会議員選挙に6000万とか7000万円という金額がドブに捨てられた。天然市長のなせる業だ。さらに天然女が市長でいる間は市長給与が支払われ、ついにボーナス、退職金まで懐に入れるという強かさ。これに追加して卑怯でもある。ニュースによれば、《田久保氏は選挙結果が判明次第、報道陣の取材に応じることになっていたが、最後まで指定の場所に姿を現すことはなかった。》という。

 この行動が彼女の全てを語っている。ここまでどれほどその面を全国ニュースに出し、多数のマトモな国民の不興をかったことか。だったら締めくくりに落選議員として首を晒し、一連の騒動について「申し訳ありませんでした」と頭を下げるのが仁義というものではないのか?

 それにしても、このオバサンに4131票もの支持があったことが不思議だし、不愉快だ。当日有権者は56,348人、投票率は60%程度で34,111人が投票をしたことになる。ここまではいい。だがこの卑怯な候補者に4,000を超す票が集まるのが不思議でしようがない。市長になった前市議会議員は13,522票、元市長は10,962票、このあたりは順当なところだが、あの嘘を恥も外聞もなくつき通した前市長に、市民の4千人が「諾」としたそのバカさが信じられない。

 併せて、9人も立候補して・・・立候補するのはいいが、得票が95票とか300票代ってのは小さな小学校の自動会長選挙でも落ちまっせ。田久保氏も含めて立候補にあたりもう少し自分を客観的に見きわめたほうがよろしい。

 そうそう、評論家の西部邁さんが言っていたっけ。

 今回の伊東市長の学歴詐称事件は「マスメディア」が代々的に取り上げた。各局の報道バラエティは軒並み田久保市長の厚顔無恥な姿を全国に垂れ流した。その結果、「マスデモクラシー」と呼ばれる大衆民主主義に諮った結果が昨日の選挙ということになる。

 ここで西部さんが問題にするのは「マス」である。戦後、日本人は「マス」=「大衆」と覚え、「大衆」とは「多くの普通の人々」のことだと教えられてきた。これが違うと西部さんは言う。西部さんの言を引く。

《マスとよぶのは、その精神がひくきに堕ち溷濁(こんだく)にまみれているような人々のことである。たとえば、宗教的感覚に乏しく、リーガル・マインド(法律的精神)も曖昧で、そして世論の場で煽られている気分や雰囲気に安易に流され、おのれの束の間の欲望に惑溺してしまう、そういう態度をとるのが大衆だということだ。》

 つまり、厳しいことを言えば、今回の伊東市長選挙で田久保候補や泡沫候補に投票した多くの人が、西部さんが指摘する「大衆」だったということだと思っている。

 ま、とにかく「大衆」の代表のような田久保氏が退場して善かった。