電車の中の些細なできごと

 昨日の夜、長期研修で知り合った友達と名古屋の郊外で飲む約束をしていた。このため仕事を早めに片付けて、JRで名古屋方面に向かった。
 ホームから滑り出した車内は空いている。進行方向に向かって並ぶ2人掛けシートはほとんど1人ずつの客で占められている。ワシャも一人で座り、文庫本を取り出して読みはじめる……。
 静かな車内に突然、声が挙がった。
「けーさつけーさつけーさついくか!」
「あやまってすむとおもうか!ちょっとけーさつへいくか!」
「やめさせようとおもうなよ!」
「けーさつしょってどこにありますか!」
 何が起きたのか、と車内を観察すると、半ズボンをはいたごつい男がワシャの2列前の通路の向こうのシートに一人で座っている。その男が声を挙げていた。
 多動性障害とか総合失調症とか……よくは知らないけれど、なにしろ精神に障害を持っているんだろう。そうと判れば、どうということもない。再び文庫に眼を落とし、ページを繰りはじめる。
 でもね、男はときおり立ち上がって、通路を前に行ったり後ろに行ったりするので、気が散って本に集中できませんけどね(苦笑)。
 その男がワシャの横の通路で止まった。その気配に眼を上げれば、通路向こうの老人に対し「けーさつけーさつけーさついくか!」とはじめたのだ。
 老人はこの男の行動パターンを随分前から見ていたからなのだろう。まったく顔を上げず、相手にしないで雑誌を読んでいる。
 ひとしきり「けーさつ」を叫けぶと、男は自分のシートに戻っていった。
 次の駅で若い女性が乗車してきた。ワシャの右の前のシートに一人で座った。その気配に男が立ち上がって、その女性の前に立ちはだかり、またはじめた。
「あやまってすむとおもうなよ!けーさつけーさつけーさついくか!」
 突然の攻撃に、女性の顔色が変わり、あきらかにおびえているのが判った。
「ちょっとけーさついくか!」
 これは介入しないといけないな……そう思って腰を上げかけたら、男は後方へ「けーさつけーさつけーさついくか!」と叫びながら足早に去っていった。
 
 慣れればいい。しかし、若い女性がその男の威圧感に不快な思いをしたのも間違いない。健常者が我慢すればそれでいい、というものでもないような気がする。