大須演芸場にて

 落語会がとてもおもしろかったことについては昨日の日記に書いた。今日はおもしろくなかったことを書く。
 ワシャの席の前のオッサンのことだ。ワシャもオッサンだが、ワシャよりもオッサンオッサンしたオッサンだった。右側通路右の座席はまっすぐに並んでいる。ワシャの左横は通路だから見通しがいい。オッサンの左も同様だからオッサンの見通しもいいはずだ。なのにオッサン、シートからでかい身体を大きく左側に傾けている。普通に座ればシートセンターに頭がくる。なのにこのオッサンはシートの左側に大きくはみ出して不自然に座っている。右耳がシートセンターよりも左側なのだ。オッサンは太ってもいるわけだが、その太った肩がシートの左端から肩甲骨分くらい通路にはみ出ている。その上に頭がカイデーなのだ。だからワシャから舞台の噺家は見えない。オッサンがたまに首を右へひねるので、その瞬間だけ喬太郎や扇辰が見えるのみ。
 ワシャも大きく通路側にはみ出せば高座が見えるのだが、ワシャの後ろの席が小柄な女性だったので、その人の視界を遮るのは不本意なのである。だから高座が見えなくても、ワシャはずっとシートのセンターから頭を左に振らなかった。人に迷惑を掛けたくないのだ。
 オッサン、傘の始末もいい加減だった。当夜は雨が降っていて、傘は袋に入れて各自が持っている。ワシャや隣のホンスミさんはビニール傘を膝の前に立てている。邪魔だし面倒くさいけれどそうしないと周囲に迷惑がかかるからね。でもオッサンは袋に入ったビニール傘を足元にゴロンと放り出してあった。ワシャの席の足元に先端が半分ほど突き出ている。一度靴で蹴ってやったが、何の反応も示さなかった。
 会場の200席くらいを眺めまわしたけれど、こんなに姿勢の悪い人はこのオッサンしかいない。運が悪かった。でもね、運の悪いことを嘆いてばかりいても時間の浪費である。だからオッサンのことを観察することにした。
 まず、ジャケットは少しよれた「ホールアース」。ズボンはよくわからない。似たような色調のものだったので、登山用のズボンかな。時計は安物のダイバーズウオッチ。頭は白髪で後頭部には寝癖がそのままついていた。年の頃なら70前後、でっぷりと肥えたオッサンだった。
 定年をむかえて暇になり、ブームにのって登山を始めたが、最近は面倒になって行かなくなった。でも落語なら体力も必要ないので行ってみるか……くらいで演芸場を訪った。喬太郎の落語に会場はドカンドカンと大爆笑になるのだが、このオッサンはあまり反応しない。おそらく喬太郎の落語はあまり知らないのかなぁ。扇辰の「鰍沢」も笑いの多い噺ではないので、オッサン、もしかしたら笑わなかったのかもしれない。ワシャは音声のみでも充分に楽しかったけどね。