オリンピック 観る人もする人も 滝の汗

 表題は、俳名「海童」こと夏目雅子の句である。夏目雅子は1985年に亡くなっているので、おそらくはその前年にロサンジェルスで開催されたオリンピックをテレビで観戦したときのものだろう。
 そうか……あの夏の日から、もう28年も過ぎたのか。
 1985年2月14日、ワシャは週末に東京に上京する予定だった。当時、夏目雅子主演の舞台『愚かな女』が渋谷の西武劇場にかけられていた。夏目雅子のファンであるワシャはそれが観たかったのである。
 ところが、東京に行く前に「夏目雅子倒れる」というニュースが入った。当然のことながら夏目雅子は舞台を降板し、ワシャの上京も中止になった。
 それから7カ月の闘病の末、その年の9月11日に夏目雅子は帰らぬ人となる。仕事を終えて、サッカー部の宴会だったと思う。とんかつ屋の1階のテレビで訃報を聞いた。あの晩は、荒れたなぁ。
 夏目雅子、病床において、つねに希望を捨てず、「治ったら『マイ・フェア・レディ』をやりたい」と復帰後の仕事に思いを馳せていた。 ううう……夏目雅子のイライザが観てみたかった。