行く夏や遥かなる雲湧きやまず

 タイトルの句、季語が「行く夏」だから夏の季語であり、晩夏の季語である。俳句の世界では夏は立夏から立秋までの3ヶ月のことだから、9月11日は秋なんですね。暦でいえば「白露(はくろ)」を過ぎて、露が草に降り白く輝き、本格的な秋を感じさせる季節ということになる。
 ここ二、三日は日中でも涼しかった。それでも一昨日はエアコンを点けて寝た。Tシャツ1枚でタオルケットで、扇風機まで回した。ところが夕べは、上だけパジャマを着て、エアコンは点けなかった。それでも足に当たるように扇風機は回したけどね。
 今も書庫でパソコンの前に座っているのだけれど、西側の掃出し窓を開けていると、ひんやりとした風が足元を流れていく。秋だ。
「今年は猛暑だったので、9月のこの時期とはいえまだ暑いので、秋というよりも晩夏の句が似合いますな」と言いたいところだったのだが、ホントに今朝は涼しい。でも、「行く夏や……」なのである。
 なぜか、それはこの句を海童こと夏目雅子が詠んだ句だから。

 夏目雅子の写真集&句集の『星花火』(新潮社)に載っている句で、説明書きには《一九歳の時に知り合って以来、青春の一ページとしていい日を送らせてもらった伊集院静さんとの婚約発表のあとで詠んだ句。》とある。婚約発表は26歳の時、1986年7月から8月の初旬にかけて詠まれたものであろう。
 結婚を決めたことで、自身の夏が終わっていくことを詠嘆し、でも心のうちに秘めた青雲の志は湧きやまないのである。夏目雅子の生きることへの強い意志を感じる一句ではないでしょうか。
 ワシャは映画小僧で、オードリー・ヘップバーン原節子イングリット・バーグマン高峰秀子などなど数多の女優を見つめてきた。その審美眼からすると、夏目雅子は大女優になる素材だった。この女優が50歳になった時の演技が見てみたい。70歳の夏目雅子に逢ってみたい。単なるミーハーではないんですぞ(笑)、真剣にそう思っていた。
 しかし、この句を詠んで1年後の9月11日、輝き始めた女優は、行く夏を見送りつつ27歳の若さで永眠す。彼女の胸中には湧き立つような夢があったのだろうが、それを抱き彼岸へと旅立ってしまった。寂しい。