ムーンライト・セレナーデ

 ワシャは夏目雅子という女優を高く評価している。というよりの大ファンなんですね。彼女の出演した映画はことごとく鑑賞したし、彼女の追悼本も掻き集めてきた。その中でも篠田正浩監督、田村孟脚本の「瀬戸内少年野球団」の教師役がよかったなぁ。
 敗戦後間もない淡路島の小学校を舞台にして、戦争に打ちひしがれた大人と、野球に熱中する子供たちの姿を描いていく。夏目雅子の瑞々しさはいかばかりであろうか。と言いながら、今日の主題は夏目雅子ではない。篠田監督のほうである。

 昨日、刈谷市の駅前にある総合文化センターの小ホールでイベントがあった。「かりや映画とまちづくりを考えるシンポジウム」という。民間がやっている。だからチラシの刷り上がりも遅く、ワシャがそのチラシをもらったのもつい最近のことだった。
http://blog.livedoor.jp/toukaiseminarportal/archives/6369736.html
 このチラシですわ。なんの変哲もない、おそらく刈谷市のどこかの風景なのだろうが、未舗装の道を、東山魁夷の「道」のような構図で撮影している。知り合いの人に聞けば、この道路の左手が刈谷の市の花にもなっているカキツバタの大群落があるという。写真の左上に移りこんでいる銅色に光っている切妻と長方形の石柱のようなものが説明版と碑なのだそうな。関係者によれば「なぜカキツバタ群落を撮らない」ということになる。
 シンポジウムの話にもどる。NPOが主催した割には内容が濃かった。まず、第1部として篠田正浩監督の「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」の上映。第2部は篠田監督、同作の脚本を担当した成瀬活雄氏、刈谷市副市長の川口孝嗣氏による鼎談となる。なかなか面白そうだ。
 まず、「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」はいい作品である。ずいぶん以前に観た記憶があるが、いい映画は何度見ても楽しい。
 プロローグである。主人公の恩田圭太(60)がテレビニュースを見ている。阪神淡路大震災の中継である。燃え盛る神戸の街の映像に重ねて圭太のナレーションが入る。
「わたしは、ずっと昔この光景を見たことがある。50年前の夜、空襲に燃える神戸の街。まだ10歳になったばかりのわたしは、炎の下の惨劇も知らず、ただただその美しさに心を奪われていた……」
 少年の圭太は淡路島から神戸空襲の光景を眺めていた。天空には大きな月が昇っており、その月を背景にB29の大編隊が南に帰投していく。その絵に合せてグレンミラーの「ムーンライト・セレナーデ」が流れ始める。曲は、その後に続く悲惨な街の様子や、それでもけなげに生きる日本人の姿に重なって流れ続ける。
 ラストシーンにも、この音楽は流れる。もちろん題になっているくらいだから、これが大テーマの一つでもあるのだが、このグレンミラーの曲がどう決まったかということが、後の鼎談で篠田監督の口から明らかにされた。
「ぼくは岐阜の出身でね、岐阜市の山の方に住んでいたんだけれど、岐阜の空襲で似たような体験をした。そして空襲後に瓦礫の街に下りて行ったんだが、その時にいつも通っていたレコード屋のところで、この曲が流れていた」
 そして成瀬さんが付け加えた。
阪神淡路大震災の後で、篠田監督と田村孟さんをつれて瓦礫の山となった神戸の長田区辺りを歩いていた。山口県までいく予定なんだけれど、交通という交通がすべて寸断されて、とにかく歩くしかない。その時に2人の先輩が肩を並べて歩きながら、やっぱり焼け跡にはグレンミラーが合うよね、って言っているんですよ。不謹慎でしょ。でもね、この映画を作ってみてその気持ちが解ったんです」
 確かに、スイングジャズの軽いメロディーは、苛烈な現実の上をさりげなく通り過ぎていく。音と絵が妙に干渉し合うことがない。だからいいのかもしれない。
 まだ書くべきことがあるけれど、出勤の時間になってしまった(つづく)。