卑怯者の後ろ足

 正月早々にこんなくだらない話をしたくないのだけれど、ワシャが抱いていたイメージとあまりにも違ってしまったので、書いておきたい。

《ゴーン被告 元米軍特殊部隊に付き添われ出国か、米有力紙報道》

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20200105-00000003-jnn-int

《「ゴーン被告は木箱に隠れて飛行機に」…レバノン当局「合法的」》

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6346967

 カルロス・ゴーンである。1999年に日産とルノー資本提携を結んだ。その時に、ルノーの役員との兼務で日産の最高執行責任者になった。

 それから間もなくゴーン氏は本を出版した。ワシャは、日産車に乗っていたこともあって、トヨタより日産にシンパシーを感じていた。だから、傾いた日産を建て直す、フランス人でブラジル人でレバノン人の経営者がどのような人物か興味があり、さっそく本を買い求めて読んでみた。

カルロス・ゴーン経営を語る』(日本経済新聞社

 全21章で構成されている。第1章から第10章まではゴーン氏の来し方で、第11章以降で「日産の診断」「仕事内容の吟味」「再生のためのショック療法」など、日産を立て直していく過程がゴーン氏の目線で語られている。

 いろいろな問題点(例えば大規模な工場閉鎖や人員整理など)も散見された。しかし、それでも日産を立て直した立役者が言うことなので、ある程度の説得力のある内容だと思った。

 とくに第9章の「日本で」では、来日した妻の不安や、子供たちの日本への期待などが語られていて、「親日家」ぶりが披瀝されている。週末に過ごした田舎のホテルでのスタッフの対応に《子供たちは日本人のやさしさと礼儀正しさを強く感じたのでしょう。子供はそういうことにとても敏感です。一週間の滞在のあと、四人の子供たちが『ねえ、パパ、日本には今度いつ来られるの?』と言って帰途についたことに、私は大変励まされました。》と感激の弁を尽くしている。

 この部分を読んで、もしかしたら、古武士のような風貌を持つゴーン氏は、いずれ日本の水に馴染み、家族とともに日本に根付いてくれるのではないか・・・というような淡い期待をしたものである。そんな読者の印象操作も含めて、本の表紙は「和装のゴーン氏」にしてあるところが笑える。

 

 親日家だと思われたゴーン氏は、日本好きではあったのかもしれないが日本の風土・文化・歴史などにはまったく関心がなかったのだろう。ずばずばと組織の不採算部門を切りまくり、工場を閉鎖し、そこに関わって生きる人々の生活を破壊して、収益性の向上だけに邁進した。はたしてこの乱暴なやり方でどれほど多くの人が、その人生の設計変更を余儀なくされたことだろう。

 それでも、ゴーン氏本人が身を律し、部下に痛みを与えるけれど、それ以上に自身の身も切っているということなら見事だった。藩の財政再建をするために、大名である自分にも貧しい服に質素な食事などの倹約を課した上杉鷹山のようであれば、ゴーン氏は世界の偉人の一人になったはずである。日本でも、フランスでも、レバノンでも、最高の経営者としての評価を受け続けたに違いない。

 少なくとも、『カルロス・ゴーン経営を語る』を読んだ直後は、若干の違和感を感じながらも、そう思っていた。

 

 それが、ドブネズミでもあるまいに、大きな箱の隅にコソコソと隠れて国外逃亡をはかるとは・・・。

 自分自身の役員報酬を少なく見せるために有価証券報告書に虚偽の記載をしたり、日産の資金を不正流用したりする行為は、もちろん泥棒である。商人と泥棒の紋章は同じだと言われているが、名も功も成した国際的実業家のするべきことではない。

 晩節を汚して、レバノンで悠々自適の豪華な生活をすればいい。少なくとも、多少の好意を持っていた日本という国では、末代まで「泥チュー」と蔑まれるだろう。まぁ金満で矜持のない人にはカエルの面に小便だろうけどね。

 名こそ惜しけれ、風貌からはそういった感性も持ち合わせているのかもしれないと、淡い期待も持ったけれど残念である。

 

 言うまでもなく、日本の裁判所、担当弁護士の間抜けさは、世界的な恥になったけれども、それはそれとして、日本人に後ろ足で砂をかけて、砂漠の向こうに消えた卑怯者のゴーン氏は責められるべきである。

 

 以上には、間違いなく貧乏人の僻みも入っている(笑)。