電車の中で

 昨日、ちょっとした打ち合わせが名古屋であって、昼過ぎから出かけた。JRはこの時間帯でも混んでいて座ることはできなかった。iPadをひろげてメールのチェックなどしていこうと思っていたが、目論見が外れたわい。

 車両の中ほどまで入って、そこで立っていた。椅子はすべて埋まって、通路にも人がいっぱいで、土曜日の昼の名古屋方面が、こんなに混んでいたのかなぁ。ワシャは右肩にバッグを下げ、吊革につかまって、扇子でパタパタと扇いで涼を取っていた。

 ワシャの眼下の席の通路側に男性が座っている。上から見下ろす格好だから、頭髪の薄さ、白髪の混じり具合、その髪が整髪されていないことなどが一目だ。その部分だけを捉えれば「初老」といった風采である。眼鏡をかけている。普通の銀縁の眼鏡で、取り立ててどうということのない事務用の眼鏡といったもの。服装は、少しよれたポロシャツにコッパン、それに履きこんだ運動靴といった出で立ちで、この人がチャラチャラとしたお洒落とは縁のない人だということが分かった。

 別にそれはそれでいい。金をかけた衣装を身に着けていても、高級車を乗り回しても、胡散臭いのはいくらでもいる。そんなのと比べれば普通に電車の座席に馴染んで他を邪魔しない善良な市民なのである。そういった普通の人がワシャの眼下に座るということをまず言いたい。

 その人は車内が混んでいるので、自分のキャスターバックを膝の前に入れこんでいる。ずいぶん窮屈だが、それでもうつらうつらと気持ちよさそうに居眠りをしている。その人の席の左の窓側に小学校の高学年か、あるいは中学1年だろうか、そのくらいの少年が座っていた。車窓に顔を向けていたので、最初は判らなかったが、よく見れば手前の男性と同じ顔をしている。親子だった。その少年も自分のナップサックを足元に置いていて、そこから冊子を取り出して地図のようなものを見始める。そして突然、こう言った。

「父さん、次はカリタニ?」

 父親は、ピクッと反応し、「ん?」と子供の方に顔を向けた。

「次の停車駅は、カリタニ?その次はダイブ?」

 次の停車駅は「刈谷(かりや)」で、その次は「大府(おおぶ)」ですよ、と言いそうになったが、不意に見知らぬオッサンから声を掛けられると、びっくりすると思って出しゃばるのは止めた。

 父親は、うにゃむにゃ答えていたが、答えにはなっていなかった。そのうちに「この電車は、かりや~おおぶ~かなやま~なごやの順に停車いたします」という車内放送が入ったので、それで子供は理解したようだった。

 この親子は青春18切符で旅をしているんでしょうね。2人の会話を聴いていて、この後、名古屋で関西線に乗り換えて大阪まで行き、そこからまた東海道本線米原までもどって北陸本線で金沢のほうまで行くらしい。子供の夏休みにお父さんが付き合っているんですね。ご苦労様。

 

 ワシャは車両の中ほどに立っているのだが、前寄りの入口のところに若い男女(20歳前後かなぁ)が並んで立っていて、6mくらいの距離感で、ちょうどワシャのほうに顔を向けている。この女子がかわいかった。稲森いずみを幼くしてもう少し目を切れ長にした感じかなぁ。ちょっと人ごみでも視線を集めるほどきれいな娘だった。笑顔がよかったので目を留めてしまった。

 男は、背が高く顔だちがいい。茶髪で耳にピアスをしている。顔だちはいいのだが、少し表情に険が見える。要するにヤンチャそうな男だった。娘のほうは、見ようによっては高校生にも見えないことはない。ヤンチャな男は、どうみても真面目な高校生には見えないので、主導権はこの遊び人風の男が握っている感じだなぁ。

 2人は、周囲に違和感を与えない程度に微笑ましくいちゃいちゃしている。しかし、時おり、娘のほうの顔が曇るのだ。それがオジサンには気になったが、行きずりのオッサンにはどうしてやりようもない。2人は金山で降りていった。

 

 この2組のおかげで名古屋までの車内が退屈せずにすんだのだった。