遅ればせながら……と言おうか、部下から『落語心中』というコミックを借りて読んだ。ううむ、地元では落語通として偉そうなことを言っていたが、とんだ半可通でしたね。『落語心中』の存在は知っていたんですが、絵が少女漫画チックでしょ。だから触手が伸びなかった。全10巻を借りてからも「どうせ落語をからめた恋愛もの」くらいの決め付けで、なかなか手をつけなかったのだが、先週、暇があったので第1巻を開いた。若いチンピラが名人と呼ばれる八雲師匠のところに入門するところから始まる。まぁそんな起こしでしょうね。そこに師匠の娘のような人がいて、これまた、今後の恋愛なんかを想像でき「ありきたりの少女漫画」だと思って、1巻がなかなか進まなかったのだ。
それがね、2巻になると様子が変わってくる。のっけに八雲が「鰍沢」をやっている。先日、名古屋の大須で入船亭扇辰で聴いたばっかしだったから「およよ」てなもんですわ。3巻に入ると、時代はさかのぼって戦前の回想になり、八雲と兄弟子の助六の物語になる。ここからががぜんおもしろくなってきやしたよ。ときどきに名作落語が織り交ぜられて、落語を楽しみながら、物語にのめり込んでいく。「死神」「居残り佐平次」「品川心中」「芝浜」「ちりとてちん」……気が付いたら少年は最長老の名人となり、その人も逝き、そのまた弟子が名人となって平成の世になっていた。コミックの巻数を確認したら10巻目だった。焼失した席亭の雨竹亭が再建され「杮落し」に九代目八雲の「襲名披露」、初席の「口上」と、4月1日の御園座をまるっきりなぞっているような展開だったので、ついつい感激してしまったぞい。
チンピラから弟子入りし、「与太郎」「助六」と進み、そしてついに師匠の名前「八雲」を襲名する。若いころは長髪で生臭い男に見えたが、さっぱりと坊主にして、皺を重ねていい噺家に成長している。
その杮落しで義理の息子の有楽亭菊比古が「初天神」をかけ、そして八雲は因縁の「死神」を持ってきた。おめでたい杮落しに「死神」である。ぞっとするような「死神」であった。
少女漫画とバカにしていた作品は人間の生き様をみごとに描いた「大河ドラマ」だった。う〜む、食わず嫌いというのはダメでやんすね。なんでもかじってみないと、いいものには出会えない。死ぬまで精進しょうじん……。