ワシャの地元に167回続いた落語会があって、「安城落語会」っていうんだけれど、この落語会の第1回目、41年も前の咄(はなし)なんだけど、杮落しってやつですかね、これが立川談志だった。
そんなことはどうでもいい・・・というかあとで検索しやすいように前書きしているだけなんですがね。
本論はここからでヤンス。
その立川談志は何冊も本を出している。その中に『新釈落語咄』(中公文庫)というのがあって、このあとがきを爆笑問題の太田光さんが書いている。これがある種の落語論になっていておもしろい。
談志が名人であることは論を俟たないが、そのエピソードとして太田さんの目撃談が語られている。談志の「芝浜」を太田さんは舞台ソデで観ていた。
《財布を拾っていい気になって、さんざん騒いで寝てしまった亭主を、財布を拾ったのは夢だってことにしちゃえと大家に言われ、決心した女房が起こすシーン。談志師匠演じるこの女房は、躊躇しながら亭主を起こす。起こした後、どう言おうか。自分の嘘をどう、亭主に信じ込まそうか。いや、そもそも嘘なんかついて良いものだろうか。観ている方が自然と息を呑むシーンだ。》
この緊迫したシーンで、客がケータイを鳴らしてしまった。だが、さすがに談志は名人だった。
「お前さん、電話だよ・・・」
客席はドッカーンと沸いた。
ただここからがさらに名人の名人たる所以だ。 談志、ケータイが鳴ったほうをジッと睨みながら「・・・こっちは名人芸演ってんだよ・・・」とボソリ。「そんなに忙しいんだったら、落語なんか聞きにこなけりゃいいんだ」と続ける。
客席は凍りつきますよね。
しかし、ここからがさらに名人の真骨頂だった。談志は、小声でブツブツ言いながらも、もう一度古典の世界に戻ろうと努力を始める。
《一度壊れてしまった空気。途中で萎えてしまった自分。師匠は舞台上で、亭主を起こそうとする女房の仕種をやってみては止め、やってみては止め、何度も繰り返した。まるで稽古でもしているかのように。》
そして談志はまた元の古典の世界に戻ることに成功し、「芝浜」の除夜の鐘のシーンに入る頃には、客席は談志の咄に陶酔し、先刻、ケータイが鳴ったことなど忘れてしまっていた。 談志は言う。「これが古典というもの、伝統というものの凄さなのだ」と。