紀子逝く

 朝から泣いている。原節子さんが逝去されたという報が伝えられたから。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151125-00000071-asahi-movi
 名匠小津安二郎の作品、それも日本映画を代表する「晩春」「麦秋」「東京物語」に紀子という主人公で登場する。それぞれ別のキャラクターなのだが、同じ名前にしている。これには小津監督の強いこだわりがあるのだが、どの紀子も強い印象が残った。豪華な美貌を持ちながら、控えめで優しい女性を、みごとに演じ分けていた。日本映画の黄金期を支える第一等の名女優である。
 そして小津安二郎がもっともプラトニックに愛した女優でもあった。おそらく……というか断言してもいいが、原節子小津安二郎に出会ったことにより映画史――日本だけでなく世界という意味で――は「紀子三部作」を持つことができた。そういったことからも原節子の存在は奇跡に近いし、その原節子小津安二郎と遭遇したことはまさに奇跡だった。
 昭和38年12月12日、小津安二郎が60歳で身罷る。原節子はその通夜に駆けつけて玄関脇で号泣したという。その時に葬儀の記帳に、公には一度も発表しなかった名前で記載した。これが43歳の原節子の事実上の引退宣言になった。以降、一切、世間から姿を消して現在にいたる。原節子、生涯独身であった。小津安二郎とは「結婚か!」と騒がれたこともあったけれど、二人はお互いを尊重、尊敬しながらその生涯を孤高に全うした。
 彼岸に旅立たれるとき、原節子さんはおそらくうれしかったに違いない。だって、やっと小津監督に再会できるのだもの。ご冥福を祈ります。
 また泣けてきた。そして今夜も小津作品を観ながら泣くんだろうなぁ(笑)。