なんでそんなことを叫んでいるかというと、今日が「そばの日」だからなんですぞ。11月には新蕎麦が出てくるので、11月直前の31日に年に一度のそばの日を設定したのか……と思いきや、毎月末日が「そばの日」だった。 1983年に日本麺類業団体連合会が毎月月末を「そばの日」と決めていた。どうやら江戸の商人たちが「細〜く長〜く」てなところにかけて、月末に縁起物として蕎麦を食べていたことに由来するらしい。だから「そばの日」は1年に12回ある。
でもね、夏蕎麦、秋蕎麦があるけれど、やっぱり美味いのは11月初旬の頃に出てくる秋物がいい。つまり今から出てくるのが1年でもっとも香りが高く、風味がよく、のど越しも最高ということでゲス。
江戸八百八町にはなにしろ蕎麦屋が多かった。池袋、新宿、品川なんて江戸の外だったから、ホントに限定された地域が八百八町と呼ばれていた。幕末にはそこに2000もの蕎麦屋があったっていうんだから驚きだ。夜な夜な屋台で売り歩く夜鷹蕎麦なんかも含めると、どれほどの蕎麦屋があり、江戸っ子がファストフードの蕎麦を好んで食べたことだろう。
「ゑゝ坪へぶちまけて行く夜蕎麦売」
江戸の古川柳である。「ゑゝ坪」は「ええ坪」、「ええ坪」は「よい壺」で「賭場」のこと。江戸の町、例えば大名や旗本の屋敷の中間部屋などで、賭場が開帳されていた。夜半にそこへ商いに行けば、賭場に人が集まっているので、蕎麦がよく売れるということですね。
落語に「時そば」という噺がある。季節はまさに今頃、まず登場するのが要領のよさげな江戸っ子である。言動を聞いていると、どうやら賭場からの帰りのような印象をもつ。
「どうでえ、商売のほうは?なに?うん、ぱっとしねえか?運、不運でしかたねえや。まあ、そのうちにゃあいいこともあるさ」
このあとにも「あたり屋という屋号が縁起がいいや」などとも言っているので、賽の目の運、不運にあたりを賭けているやくざな男が見えてくる。
こんな話を書いていたら、藪蕎麦か室町砂場で前酒を熱燗でいただきながら、蕎麦切りをつるつるっといただきたくなってきたでヤンス。