午前4時、東に向いた小窓が白みはじめる。午前3時ごろから本を読んでいたのだが、夜明けの匂いを嗅いで、南の掃き出し窓に立ててある雨戸を開けた。
おお、風は落ち着きを取り戻している。上を見れば、雲に濃淡がある。とすれば、やがてそこに切れ間ができて、青空が顔を出すだろう。台風一過の晴天になればいい。
昨日、久しぶりに暴風雨の中を散歩した。午後6時を回った時分だったので、ちょうど西三河南部が暴風圏に入った頃だろう。社では、災害対策チームが組織され、何人かの社員は防災服に着替えて社に泊まり込むことになる。ワシャは、自宅待機となったので家に帰ることにした。
とはいえ暴風警報、大雨警報の最中である。自転車で帰るというわけにはいかない。だから、ワシャはあらかじめ用意してあった自衛隊仕様のレインスーツ(要は雨ガッパ)に身を包み、長靴を履いた。鞄はビニール袋で厳重に梱包し背負う。もちろん傘なんか差さない。この暴風雨の中では傘を壊すだけで意味がないからね。
通用口で、フードをかぶってあご紐を絞る。完璧だ。う〜む、悪天候のスキー場を思い出すのう。
ドアから外に出る。おおおお、凄まじい風だ。こんな大風は久しぶりだ。通用口は建物と建物の間にあるので、ビル風のために一層強い。うわー、風に飛ばされそうだ。凧になった気分を味わえる。
両手を広げて、背中に風が垂直に当たるようにする。そうすると左手の向いた方向が台風の中心部ということになる。社を出る前にネットで確認した台風の位置は紀伊半島の南部だった。ということは、この左手の先に紀伊半島があるのか。なるほど。信号待ちで暇だから、そんなことをやっていると、通り過ぎる車のドライバーに怪訝な顔をされる。
なにしろ暴風雨の最中である。多くの車は行き交うが、歩行者はワシャ一人である。なんだか暴風雨を一人で貸し切っているような気がして楽しい。
そうそう、暴風雨の時というのは、風が見えるって知ってました?ワシャはこの風を見るのが好きなので暴風雨の中をフル装備で傘も差さずに歩いているといっていい。
歩道はすっかり水浸し。その水の上を風が奔るとき、風紋が現われる。雨が強い時に暴風が吹くと、豪雨に濃淡ができる。これなんか『七人の侍』のクライマックスシーンを観るようで、はっきり楽しい。
でもね、自宅近くで突風に巻き込まれたときには、少々びっくりしましたぞ。さすがにガードフェンスにしがみついて風をやり過ごした。すごい風だ。フードを押さえながら、風の行方を目で追う。あ、俵屋宗達の描いた風神
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fujinraijin-tawaraya.jpg
のようなあやかしが、ワシャの頭上を越えて、ビルの谷間に消えていった。
あー怖かった。
家に帰った時、フードの先から長靴の中までビショビショになっていたが、仕事で溜まっていたストレスは雲散霧消していた。