知識の連関

 18日の日記で、お能の「善界」について触れた。能楽堂で演じられたのは「是界」という字を当てている。「善界」は観世流、「是界」は宝生流、たまたまワシャの持っている『謡曲集』が観世のものなので、「善界」を好んで使っている。どちらにしても「ぜがい」は支那から飛来した大天狗の名であった。
 それにしても変な名である。気になって、文献を当たってみると、どうやら「是害」と書くのが正しいことが解った。小松和彦『日本妖怪異聞録』(小学館
http://books.google.co.jp/books/about/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A6%96%E6%80%AA%E7%95%B0%E8%81%9E%E9%8C%B2.html?id=LciiKgAACAAJ&redir_esc=y
に詳しい。そこには、「害を肯定する天狗」、つまり「悪い天狗」という意味なのだと記されている。あわせて、お能の「善界」の原典が『今昔物語』巻二十の第二のエピソードに依っていることが解った。
「震旦天狗智羅永寿渡此朝語第二」(しんだんのてんぐちらえいじゅこのちょうにわたることだいに)である。主人公の天狗の名が「智羅永寿」となっているが、基本的な物語は同様だ。ただ謡曲より日本の僧の優越性が際立つ。支那最強の大天狗が比叡山の僧侶たちにいいようにあしらわれている。小国日本の国家意識の反映ではなかろうか。

 18日には、丹羽中国大使の不甲斐なさにも触れた。いやー、もしやと思い、書庫を掘り返してみるとあるものですな。平成20年の地層からこんな本が出てきた。
 丹羽宇一郎『人は仕事で磨かれる』(文春文庫)である。まぁ成功者の上から目線本で、内容はさしたることもない。ただね、読んでいると支那中国との長く深い付き合いが垣間見える。だからこの人は支那中国に媚びるのか……と妙に納得できたりする。
 靖国神社に対しても一面的な評価しかできていない。外(とくに中国)からの評価ばかりを気にしているようにも見える。
そしてこの本を読んで、もっとも納得できたのが次のフレーズだった。
《考えてみると、こうした経営の決断と実行の場面で影響を受けた方は幾人かすぐにも思いだせますが、瀬島龍三理事(伊藤忠商事元会長)抜きには語れません。》
 丹羽氏が、その人生でもっとも影響を受けた人物として「瀬島龍三」を挙げている。それで見えた。丹羽氏は、日本陸軍きっての茶坊主を尊敬し、その生き方に学んでいたんだ(笑)。
 今年の4月29日の日記にも「勲章」の話にからめて瀬島龍三のことを書いた。
《例えば、瀬島龍三である。関東軍参謀からシベリア抑留を経て、伊藤忠商事に招かれて会長まで登りつめた。しかし、この人は卑怯だった。自分をよく見せるため、正当化するためには、どんな手をも使った。是非はあろうが、こんな男ですら勲一等瑞宝章をもらっている。》
 瀬島は、棺の蓋が閉まるまで、己をウソで飾り立てている。自らを大物に見せるために、捏造でも改ざんでもなんでもした。ノンフィクション作家の保阪正康さんは、瀬島をこう言っている。
《瀬島を知るある参謀は「国家の一大事と自分の点数を引きかえにする軍人です」と評しました。僕は、彼を「公」がなく、「私」の人だと思いますね。》
 瀬島龍三あたりを、師と仰ぐ丹羽宇一郎がどの程度の器なのか、推して知るべし。

 本を読んでいると、いろいろなことが繋がっていくのがおもしろい。『善界』と『今昔物語』が繋がったり、丹羽と瀬島が関わっていたり、新たな発見が次々にある。だから止められない。