葬式に行く

 友人というとおこがましいが、仲良くしていただいた82歳の先輩が亡くなった。矍鑠(かくしゃく)としたお元気な方だった。それが春先に小唄の会でご一緒した時、杖をついておられた。
「どうしたんですか?」
と尋ねると、
「いやー、ちょっと足を捻ってしまって」
と笑っておられたので心配していなかったのだが、どうやら骨の癌だったようで、その時が最期になってしまった。

先輩は、我社のOBだった。いろいろな公職にも就かれており、いろいろな場面で助けてもらった。モノの悪い年寄が増殖する中で、数少ないモノのいい年寄だった。若い頃には岡崎や安城花柳界でずいぶんと鳴らした人で、その頃の話を伺うと、下手な落語よりも面白かった。
どこが気に入ったのか、ちょくちょく会社に電話があって、「ワシャさんや、今日、一緒に飲まないか」と誘っていただいた。先輩と飲む時は必ず料亭だ。小座敷に先輩とワシャが対座する。先輩の横にはいつも同じ芸者がはべった。御歳77歳の姐さんである。座が盛り上がってくると姐さんが三味線を爪弾き、先輩が唄った。風情のある宴(うたげ)であった。

先輩には大恩がある。数年前のこと、どうしても実行に移したい事業があって、関係者に根回しをしていると時宜を逸する恐れあり、且つ潰される可能性もあったのでワシャの独断で仕事を進めたことがあった。事業自体は大成功でトップからも誉められたのだが、無視をする形になった長老たちが黙っていなかった。もの凄い集中砲火を浴びせ掛けられた。ワシャは打たれ強いので何とか持ち堪えたが、脆弱な上司から崩れが始った。もう駄目か、と思った時に仲裁に入ってくれたのが、件の先輩である。長老連をなだめて回り納めてくれたのだった。この時ばかりは先輩に手を合わせましたぞ。

しかし、また先輩の前で手を合わせることになろうとは……小唄の会の時には「また飲もう」と誘ってくれましたよね。約束を果たさずに彼岸に逝ってしまうとは先輩らしくないじゃあ〜りませんか。
風は強かったが快晴だった。朗々と読経が流れていく。お疲れ様でした。