合わせ鏡

 ワシャについて「酒を飲むと乱暴な口をきく」とか「怒る」とか、根も葉もない噂があるらしい。
 これが実は根も葉もある。確かにワシャは、時に厳しい飲み方をする場合がある。それはこんなケースだ。
〈ケース1〉
 数人の仲間と楽しく居酒屋の小座敷で飲んでいる。そこへカウンターで独りで飲んでいた会社の先輩が入り込んでくる。最初は居候と思ってか、遠慮をしているがそのうちに遠慮がとれて、先輩風を吹かし始める。仲間の気の弱いのをつかまえて、なんのかんのと説教を始める。
 見るに見かねて口火を切る。
ワシャ「うるせぇんだよ」
先輩「なんか言ったか、ワルシャワ
ワシャ「うるせぇって言ったんだよ」
先輩「なんだと!」
ワシャ「外へでも出ますか?」
〈ケース2〉
 男女混合での飲み会で、酔っぱらった先輩が嫌がる女性社員に抱きつき始める。
ワシャ「止めろよ」
先輩「なんか言ったか、ワルシャワ
ワシャ「止めろって言ったんだよ」
先輩「なんだと!」
ワシャ「外へ出ますか?」
〈ケース3〉
 他社との交流会で、最初は丁寧だった初対面の若い営業マンが、酒が入るにつれてぞんざいな口のきき方をするようになり、みんなから敬遠をされ始める。その営業マンがワシャのところにやってきて、
営業マン「飲め、おまえ、誰だったっけ」
ヴァシャ(ビールを営業マンの顔にかける音)
ワシャ「おまえって、誰に言っているんだ。ここに座れ」
 冷たいビールをかけられて正気にもどったのか素直に椅子に腰かける営業マン、それからワシャのやさしい指導を受けることになる。もちろん周囲の連中は、みんな喜んでいたんだとさ。
〈ケース4〉……
 とにかくこの手のケースはいろいろあってキリがないので止めておく。要するに、理不尽なことをするヤツ、言うヤツ、夜郎自大なヤツ、傍若無人なヤツ、厚顔無恥なヤツ、こういった人間と同席すると、ワルシャワはたちまち大鰐に変身する。
 だから、そういった輩からは、ワシャはとても評判が悪い。

 ところが、そうでない人たち、ものごとをわきまえた人との宴では、大鰐どころか、カナヘビにもならない。どれだけ飲んでも(大して飲めませんが)ずっと楽しい酒が続く。
 例えば、東京の読書会の仲間たち、理屈っぽいところもあるけれど、飲んでいて不愉快になったことがない。何軒、梯子をしても(と言ってもワシャは2軒くらいしかもちませんが)、いつも楽しい。
 あるいは、名古屋の論語仲間と飲んでいるのもうれしいし、歌舞伎仲間などとの宴もゆったりとした時間が持てるので毎回楽しみにしている。
 西三河の読書会メンバーも刺激があっていい。このメンバーとは時に激論も交わすが、議論が尽きれば、また楽しく飲むことができる。後に尾を引かない。
 もちろん職場でもリテラシーの高い後輩たちと飲むのは刺激があって楽しい。

 合わせ鏡だと思ってもらえればいい。ワシャは、相手に合せて大鰐にも、カナヘビにも、ときにはナマケモノやリスにもなることもできるのだった。めでたしめでたし。