書店員よどこへ行く

 Sの書店員は棚に直行できなかった。棚番号を把握していなかったのだ。そして『ヒトデはクモよりなぜ強い』もなかった。在庫管理が杜撰なのである。
 そういえばここ1年ほど、店内の様子が変化していることに思い当たった。本の整理整頓が行き届かず、文具コーナーなどいつ覗いてもぐちゃぐちゃに乱れている。休日には地元のおばちゃんコーラスが店の一角で喚いているので環境まで劣悪になっていた。そんなことをボーっと考えていたら、書店員が、無愛想に「注文しますか?」と聞くので、咄嗟に「いいです」と断わって店を出た。
 ワシャの町には北部にもYという大型書店がある。そっちは2階がレンタルビデオ屋になっているのでいつも駐車場が混んでいる。だからなかなか足が向かない。でも、『ヒトデ』がどうしても欲しかったので、腹が減ってきたが無理をして廻ってみた。
 早速、広いビジネス書のコーナーを物色したが見つからなかった。仕方がないので、樋口裕一『差がつく読書』(角川ONEテーマ21)、岸川真『フリーという行き方』(岩波ジュニア新書)、宮城谷昌光『古城の風景4』(新潮社)、『本200%活用ブック』(日本能率協会マネジメントセンター)を手にしてレジに向かった。
 会計の時、カウンターの書店員に「『ヒトデはクモよりなぜ強い』はないですよね」と訊いてみる。若い男性の書店員は端末を叩くと「ありますね」と答える。
「え?ありますか」
「はい、少々お待ちください」
 と、若い書店員は、先刻、ワシャがうろついていたコーナーに向かったのである。でもね、そこは、長年、本屋・古本屋・ブックオフで鍛えたワシャの検索眼ですでに確認済みなのだよ。明智くん。どうせ、「在庫が見当たりません」とでも言い訳をするのだろう。フフフフ……
 ところが、若い書店員は一冊の本を手に戻って来るではあーりませんか。そして、それは紛れもなく『ヒトデはクモよりなぜ強い』だったのだ。ワシャの自慢の検索眼は、どこへ行ってしまったのじゃあああ!空腹だったので、レンズがくもっていたのかもしれまへんな。
 なんとなく寂しい気持ちを抱きつつ、本を小脇に家路についたのであった。