呉智英夫子

 昨日、名古屋の某所にて、「世界一の評論家」で「危険な思想家」で「マンガ狂」で「封建主義者」で「インテリゲンチャ」で「言葉の研究者」である呉智英先生にお会いした。

 東京のライターズセミナー以来の友人のセコミチさんにセッティングしてもらったんですよ。

 ちょいと呉先生にお願いしたい件があって、寒風吹きすさぶ中、ある喫茶店までお出ましいただいた。

 ワシャからのお願いについては現時点では言えない。

「オープンにするのは時期尚早」

 と、先生から窘(たしな)められたからである。

 でもね、雑談の話なら言えちゃうもんね(笑)。

 これは先生から止められなかったし、なにしろメチャメチャ面白かったんで、書き残しておかないといけないと思ったわけです。

 まずは、件(くだん)の仕事について、呉先生から注文がついた。ワシャが「そのことについては少し勘考(かんこう)してみます」と答えると、目がキラーンと光った。そして先生はこう言った。

「今、ワルシャワさんが言った『勘考』という言葉はこのあたりの方言なんだよね。だから加藤さんは知らないだろう?」

 と、同席いただいた哲学者の加藤博子さんに言う。この方も膨大な知識を持っているインテリなのだが、加藤先生はご出身が新潟ということで、呉さんの指摘どおり『勘考』を知らなかった。この言葉は愛知、岐阜、三重、長野南部あたりだけの限定的な言葉らしい。

 自宅に帰って『日本国語大辞典』を調べたら、呉先生が話したことそのままが載っていた。すごいな、漫画家の小林よしのり氏に「呉さんは歩く百科辞典」と言わしめただけのことはある。

「最近、めっきり記憶力が落ちてきてねぇ」

 と、言われるが打ち合わせ中、ほぼ呉先生の独演会で、その記憶力、知識、スピーディーな語り口はまったく衰えていない。

 政治の話にも言及され、ずっと付き合ってきた河村名古屋市長の人となり、あるいは日本保守党への参画などにも話が波及し興味は尽きなかった。表面に出ているパフォーマーの部分に目を取られると本質が見えなくなる、実際には苦労を知っている庶民派の政治家だと話された。呉先生の評価はかなりいい。ワシャも河村さんを最近見直しているところだったので、とても参考になった。

 江東区長選挙違反で先月末に逮捕された柿沢未途議員の話にもなった。柿沢氏、その昔、呉先生の弟子だったらしい。ワシャの兄弟子かいな(笑)。先生が東京で塾をやっていた頃に塾生の中にいて、講義の後、素っ頓狂な質問をかましてきた印象があると言われた。

「ボンボンで早稲田に入っても東大を目指し受験勉強ばかりしていたから社会性が身についていなかったのかなぁ」と、言いながらも「悪いヤツではなかった」とも。

 また、ある共産党員の話にも及んだ。その人は、愛知県西尾市出身で、岡崎高校を出て京都大学に進学し、福岡県で共産党の活動をやっていたそうだが、何かの理由で党から追放されてしまったという。そのことから共産党組織の硬直性の話になって、このあたりはワシャの好物のネタなので耳ダンボで拝聴する。

 さらに70mm映画の話にも及び、これもワシャの大好物なので『アラビアのロレンス』の話で盛り上がる。このあたりで呉先生もテンションがマックスで、主役を演じたピーター・オトゥールのことを「名演技だった」と褒めつつも「あいつは狂っていたからね。だから適役だった」と大声で言われる。「く○っている」を数回、「ホ○」、「だん○ょく」なども何度か口にされた。喫茶店だったので、隣に普通の客が座っている。とくに混んでいる時間帯だったので、けっこう汗をかきましたぞ。しかし、呉先生の講義は周囲の者どもにはお構いなしで続く。

 それでもね、日本の最高峰のインテリゲンチャの話は、なかなか聴けるものではない。加藤先生とセコミチさんと不肖の弟子のワルシャワの3人で独占したのはとても貴重だった。

 呉先生にご依頼したことについては、なるべく早めに、フライング気味に、日記に書きたいと思っています。取り敢えずは「525」という数字だけ覚えておいてくだされ。

 この呉さん話を書いている最中に、携帯がガンガン鳴った。15人の人と明日、明後日の行事の打ち合わせをした。朝からこれほど電話の多い日も珍しい。

 思考が中断されたので、日記が支離滅裂になっていたらゴメンちゃい。いつものことですけど(笑)。