頭が革命だ

 いやぁ昨日はハードだった。体力的にはどうということもなかったのだが、頭脳的に疲弊したわい。
呉智英先生特別講義」が名古屋市千種区の正文館書店の2階の喫茶室で行われた。テーマは「忘れられた名著を読み、今をつかむ〜ロシヤ革命100年」である。ロシヤ革命ですぞ。ロシア革命ではなくて。
 のっけから手塚治虫の漫画の話になる。ドストエフスキーの『罪と罰』を手塚が漫画にしているのだ。これがどうロシヤ革命とつながるんだろう……と興味が湧く。呉先生、つかみはオッケーだ。その後、三浦しをんの『「罪と罰」を読まない』や小谷野敦『「こころ」は本当に名作か』など、名作に間違った評価を与えている駄本の紹介をしながら、話は徐々にロシヤ革命のほうに近づいていく。
 まともな本では、江川卓『謎とき「罪と罰」』や松田道雄『ロシアの革命』などを引きながら、ドストエフスキーがどのようにロシヤ革命に影響を与えていったかが順序立てて説明された。
 先生は言われる。ドストエフスキーは読まれなくなった。それはドストエフスキーが飽きられたということではなく、読むほうにリテラシーがなくなったことが問題だと。
 ううむ、ワシャなんかそもそもリテラシーも知識もないから、四苦八苦しながら先生の講義についていって、ようやくドストエフスキーがロシヤ革命の縦糸としての役割を担ったことを理解しました(ふう)。
 それから『ロシア革命批判論文集』の話になり、その執筆陣が紹介された。ニコライ・アレクサーンドロヴィチ・ベルジャーエフ、セルゲイ・ミコラーエヴィチ・ブルガーコフ、ピョートル・ベルンガルドヴィチ・ストルーヴェ……ええい!舌を噛みそうだわい。ロシヤ人の名前は長くて複雑で難しい。先生、日本人のワシャは、まだ源九郎判官義経のほうが解りやすいですぞ。
 この執筆者の解説のところで、聴講生の何人かは気絶していた。ワシャと同レベルの人がいてホッとした。
ロシア革命批判論文集』を書いた人々の知的レベルはすごいらしい。マッハなんていう人もマッハなレベルだ(なんのこっちゃ)。マッハは革命の父レーニンからも批判される立ち位置にいた……らしい。
 うむむ、まだ講義の内容がこなれていない。ニーチェリルケフロイトなんて名前も出てきたので、もう少し時間をかけて消化してから、また感想を書こうっと。

 セコミチ様、こんなどうしようもない文を先生に渡さないでね(笑)。