人生は見かけほど悲しきものには非ざるべし(黒岩涙香)

 この9月、10月というのがワシャの転機となった。凸凹商事を退社したわけだが、この退社という動向に対して、周囲からいろいろな反応が現われ興味深かった。

 退社に関しては、ワシャはある理由を説明してきた。それはおそらく社長から、同僚・後輩にいたるまで、ある程度は納得のゆく退社理由だったと思っている。でもね、実はそれだけではなかった。いろいろな心情、身上、信条などが折り重なって、この決断につながっている。そのいろいろが何種類もあるのだけれど、それらが時に増減し、心が揺れるというか、乱れるというか。主軸は変わらないのだが、若干の立ち位置が変化するのを、戸惑いながらも楽しんでいる。

 9月の上旬に、その主軸を大きく動揺させる出来事があった。ワシャの退社を知ったあるグループがワシャにアプローチをしてきたのだった。その内容はまだ時期がホット過ぎるで、具体的なことは言えないが、なにしろワシャを担いで何かをしようという動きがあった。
 奥歯にものの挟まったような書き方で申し訳ないですが、ごくごく簡単に言えば、あるイベントの頭(ヘッド)というか祭の神輿というか、そういうものに担がれそうになったということですわ。う〜ん、暴走族のリーダーのようなもののほうが近いかにゃ(笑)。
 頼んできた方々が、誠実な知人ばかりだったので、とりあえずお話を聴き、
「重大なことでもあるのでこの場ではお答えしかねる。相談する関係者もあるので少し時間がほしい」
 と、回答をした。
 この話が「ワルシャワが応諾した」というかたちで拡がっていった。
ワルシャワがイベントの頭になるらしい」
 これが既成事実のように仲間から仲間へ、知り合いから知り合いに伝わっていった。
 このことにワシャはわりに楽観的だった。別に、受けたわけではなかったので、単なる噂でしかなく、そのことを確認する電話も何本か入ったけれど、「どうするんだ?」尋ねられても「そういう話はあった。でもワシャが頭って似合わないよね」と茶化していた。
 ところが真面目に受け取るやつらもいて、会社の同僚の中から「反旗」をひるがえすのが出てきた。「ワルシャワに頭はさせられない」と依頼者たちに詰め寄ったそうな。
 こいつら、ワシャが退職するときには神妙な顔をして「寂しくなるよ〜」とか言っていたくせに(笑)。
「反旗」をひるがえすならひるがえしてもいいけれど、ケータイの番号も知っているのだから、ワシャに一度確認してからでも遅くなかったんじゃないの。
 人というものは、ことが動くと、ことほど左様に本性が見え易くなるものなのだなぁ。「寂しくなるよ〜」が建前で、「バカを頭にするな!」が本音だったとは。

 でもね、いいこともあった。
 昨日、評論家の呉智英さんの講演会があって、その後、駅前の居酒屋に呉メンバー十数人で反省会に突入した。とにかく呉さんの話の面白いこと、それにメンバーも読書家が多いので話が尽きない。
 2時間ほど飲んで、解散となった。その時に、この会にご夫婦で参加されているメンバーの旦那さんから呼び止められて、小さな紙袋を手渡された。「ジャンポールエヴァン」のチョコレートだった。
「ささやかですが退職の記念に……」
 予想していなかったので、まともにお礼も言えなかった。
 後ほど、奥さんに話しかけると、
「うちの人はワルシャワさんの日記を読んでいるんですよ」
 とのことで、この日記でワシャの退職を知って、気を使っていただいたということだった。うれしいなぁ。
 今日、さっそくそのチョコレートでコーヒーを飲んでいるんですよ。

 捨てる神あれば、拾う神もあり。信頼は裏切られることもあり、意外なところから優しい気配りをいただくこともある。いろいろあって、だから人生はおもしろいと思わされたのだった。