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 今日は体育の日ということだが・・・と書き始めて、「え?スポーツの日に変わったの??」ということに気が付いた。ワシャなんかは東京オリンピックの開会式の日にちに合わせて「体育の日」をつくったことを知っているから、10月10日は「体育の日」と刷り込まれているのじゃ。えええ、今日は10月9日ではないかいな。

 国民の休日を土日とくっつけようなどというスケベ根性を出すから、記念日が記念とはな~んも関係のない日になって、国民にすればなぜか連休中の休みの日ということになるだけ。

 これは、経済界や大企業の思惑が働いている。連休にすればその間、一斉に機械が止められる。しかし、週の途中で旗日になると、機械を止めたり動かしたりしなければならないから面倒だ。トヨタくらいになると「トヨタカレンダー」なるものを徹底し、国の決めた旗日など無視をして効率よく休んでいるんだけど。

 

 まあそんなことはどうでもいい。ワシャのことである。今日は、久しぶりに朝から何の予定も入っていない。凸凹商事も、行政機関もみんな休みなので、その関りで家を出なくてもよくなった。雨も降っているし実のところありがたい。

 でもね、朝、6時半に起床すると、すぐに寝巻のジャージーからワイシャツ、スラックスに着替える。このところ20度くらいに温度が下がってきたので、今朝はフリースを羽織っている。

 なんにも予定はないんですよ。だったらジャージーのままでくつろげばいいんだけど、長年の習慣で、朝食を済ませたら通常モードに切り替えるために格好を替えるのである。

 これは司馬遼太郎さんの薫陶をうけた結果である。『司馬遼太郎が考えたこと』(新潮社)の第1巻にこんな文章があったからである。

《社をやめてみると、なんとなく手もちぶさたで、妙なぐあいです。ながい習慣で、朝八時に起きると、すぐ洋服にきかえます。十時半まで女房と駄法螺(だぼら)をふきあい十一時から仕事にかかります。夜八時まで書いて、あとは和服にきかえて遊びます。》

 これがある意味でワシャの理想となった。だから、今もジャケットを着れば、そのまま公式の会議に出られる格好で日記を書いている。司馬さんの真似っこをしているわけね(笑)。その成果には雲泥の差があるのは分かっています。でも、それが楽しいんだから仕様がない。

 日記を付けたら、その後は凸凹商事の会議で使う原稿の下書きを作り始めようと思っている。その関連の資料は、すでに図書館などから30点ほど集めてある。それを読み込み、構成を考えて、文字に起こしていく。まぁ原稿用紙20枚程度のことだから、2~3日で片付くだろう。

 ということで、雨で屋外スポーツのできないスポーツの日に暗い書庫の奥で、なにやらゴソゴソとやっております。