歳月を重ねる宿や蝉時雨

「人生は一瞬ごとの現在を境界にして、過去と未来によって構成されている。現在はたちまち過去となり、想い出の世界に組み込まれる。過去は決して繰り返せない。まったく同じことを反復したとしても、過去そのものではない。絶対に繰り返せない時間を、私たちはさしたる感傷も感慨もなく過ごしている」

 タイトルに掲げた句にそえられた作者の解説の一部である。作者は旅が好きで、毎年利用する宿の網戸に蝉がとまって鳴いていたそうな。その蝉を見て去年見た蝉であるわけがないのだが、「同じ蝉に見えた」との感想を残している。

 この句の作者は、森村誠一さんである。

 解説文は870字ほどなのだが、これがまたいい文章で、蝉の命の儚さに、人の一生の儚さを重ねている。森村さんの訃報をお聞きし、さらにこの文章の妙味が増したような・・・。

《ベストセラー作家の森村誠一さん死去、90歳…「人間の証明」「悪魔の飽食」》

https://news.yahoo.co.jp/articles/662cf3d33b39a29250256d113c48cdb2c3e4132b

 森村さんの小説はあらかた読んでいる。その中でも『人間の証明』、『野生の証明』などは映画の影響もあって何度も読み返した。一時期、森村さんばっかり読んでいたことを思い出す。

 すてきなミステリーをありがとうございました。ご冥福をお祈りします。タイトルの句は『写真俳句の旅』(SPICE)から使わせてもらいました。