あの麦わら帽子

 今日の見出しは、西城八十の詩の中に出てくる。

《母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?

ええ、夏、碓氷(うすい)から霧積(きりづみ)へゆくみちで、

谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。》

 ワシャらの世代には、テレビのCMで耳タコなくらい聞いたフレーズで、映画『人間の証明』の中に使われていた。

 この作品、映画としては評価できない。まぁ普通の作品だった。名作として後世に残っていくほどのものではないと、封切り直後に鑑賞した映画小僧は感じたものである。

 でもね、製作から半世紀近くが経とうとしている現在、出演陣をみるとびっくらこきますわ。

 主人公の棟居刑事を松田優作、その上司に鶴田浩二、同僚にハナ肇、峯岸徹。重要な役どころに、岡田茉莉子、ジョー・山中、岩城滉一、夏八木功、長門裕之。脇を固める役者で、范文雀坂口良子伴淳三郎竹下景子北林谷栄大滝秀治佐藤蛾次郎、室田日出夫、鈴木ヒロミツシェリー。さらに言えば、深作欣二森村誠一もちょい役で出演している。

 これだけ揃っていると、愚作でも観たくなりますよねぇ。ちょいとブックオフがゲオで探してみたくなりましたぞ。

 

 さあて、なんでこんなことをだらだらと書いているかというと、今日が松田優作の命日だからなんですね。ワシャは勝手に「ジーパン忌」と呼んでいるんですが、ワシャの世代にとって「太陽に吠えろ」に、センセーショナルに登場したマカロニ刑事とジーパン刑事はインパクトがありました。マカロニのショーケンは体格も顔を似ていたので(笑)、大ファンで、ワシャの寝室の壁にはショーケンが笑っておりました。松田優作のほうは、タッパがあり手足が長く、風貌やスタイルがかなり個性的だったので、真似ができませんでした。それでも生きざまが、ジーパンとしても松田優作本人としても格好良かったので、注目する俳優でありました。

 

 手元には、『人間の証明』と『家族ゲーム』のシナリオがありましたぞ。その他のシナリオを探せばあると思うんだけど、朝の限られた時間の中では探せませんでした。

その他に、大下英治『蘇る松田優作』(リム出版)、山口猛松田優作 炎静かに』(立風書房)も持っています。

 松田優作、享年40歳。あれだけの才能を持ち、それを上回るやる気がある俳優が、逝くにしてはちと早過ぎる。映画小僧としては、50代の優作、60代、70代の老いたる名優を観たかったなぁ。

 惜しい俳優をなくしたと心底思っているけれど、ワシャらにしてみればしょせん他人事である。しかし、自身の才能にも自信があり、ようやく大俳優としての道を歩み始め、ハリウッド映画にも出演が叶い、さあこれからという時期の「死の宣告」。これがどれほどのことか、凡人の想像をはるかに超えた絶望を味わったに違いない。

 34年前の今日の夕刻。名優になるはずだった男は、自分の死に臨み、「なんじゃこりゃあ!」と大声も出さす、午後6時45分、ベッドでふと目を開けて、自分の体に繋がっているいくつもの管を不思議な目で見たそうだ。

《優作は、片方の手で、一本の管に手をのばした。ちぎりとろうとするでもするように、その管を握りしめた。》

 そしてふーっと息を吐いて亡くなったと、大下氏は『蘇る松田優作』の中に書いている。

 

 松田優作はいなくなった。でもね、優作は分身をちゃんと残していってくれた。松田龍平である。NHKの朝ドラ『あまちゃん』で、芸能事務所のマネージャー役をやっていたけれど、何を考えているのか判らないとぼけた感じが、父譲りだなぁと感じたものである。優作がしっかりとバトンを息子たちに手渡してくれていたことを感謝したい。

 さて、麦わら帽子のフレーズが聴きたくなったので、時間があればDVDを探しにいくとしよう。