馬は馬、馬鹿は馬鹿

《三重・桑名の伝統行事「上げ馬神事」は動物虐待? 維新議員が参院農林水産委員会で農相に指摘「国が指導を」》

https://news.yahoo.co.jp/articles/cea08449129b493eab864bcde92260b29d712f76

 昨夜の報道番組でアナウンサーが「上げ馬神事」ついて批判的な論調でニュースを読んでいた。

 確かに馬が怪我をして、そのために殺処分されてしまうというのはかわいそうだ。ワシャは庭の通路を歩く時だって、ダンゴムシを踏まないように気を付けているくらいだから、命に対する想いはかなり強い。

 それはそれとして、この手の事案にイチャモンを付けてくるのは、「動物愛護」の皮をかぶった活動家であることが多いことも事実である。「神事」に駆り出され、結果として怪我をし、殺処分されるというのは理不尽だと思う。しかし、残念ながら馬は家畜であり、現実にダンゴムシを潰さないワルシャワですら、馬刺しを食っている。

 残念ながら人間は、一部の変わり者を除いて、食用の動物を食わなければ生きていけない。それが牛であろうと馬であろうと鶏、猪、鹿、魚介類、昆虫であっても命をいただくことに変わりはない。だから食事の際に「いただきます」と唱和するのである。

 上げ馬神事で安楽死させられた馬も馬。馬刺しになって食材となる馬も馬。ワシャ的にはどちらも同じ一つの命だと思う。

 この「上げ馬神事」については、「馬への虐待に当たる」との批判が高まり、国会でも取り上げられたそうだ。先月行われた神事で1頭が骨折したため安楽死となっており、日本維新の会串田誠一参議院議員が《農林水産委員会で「事故が起きるのは誰が見ても分かる。国が指導してほしい」と求めた。》のだそうな。

 国会で議論することも大切であろう。しかし、忘れてならないのは、そこに「文化・伝統」というものが存在しているということである。大切な文化を「動物愛護」という単色のイデオロギーでひとまとめにしないでほしい。

 食用の馬と神事の馬を、サヨクお得意の「差別」して考ているんじゃないの?

さしたる議論もせず、いつものサヨク祭りで大騒ぎをして伝統を根絶やしにしていく、これが積み重なって日本という国家、文化が死んでいく。そして喜ぶのは近くにある一党独裁の一党の連中だけ。やつらにとって最大限大切なものは一党の発展だけであり、その他の歴史、文化、民族などは、全く価値をもたない。

 その先兵として日本に食い込んでいる支那共産党の影響下にある者たちの、騒ぎに目を眩ませられてはいけませんぞ。

 

 ワシャ的には、何年も前にあった和歌山県太地町の小型鯨類の追い込み漁が、動物介護団体などに追い詰められたバカな事件があったでしょ。あれと同類の臭みが感じられて仕方がない。

 サヨク活動家が、何百年も続いてきた日本の伝統文化を潰してんじゃねえぞ!