スピーチライターの差

 岡義武『山県有朋』(岩波文庫)を探したんだけど、見つからなかった。そのかわり岡義武『近衛文麿』(岩波新書)が見つかったけれど、「山県有朋」のことを確認したいので、他の「山県有朋」本を探し出した。

 御手洗辰雄『日本宰相列伝2 山県有朋』(時事通信社)である。

 9月27日の安倍晋三内閣総理大臣国葬儀で、菅前首相が述べられた「追悼の辞」。これがけっこう評判を取っている。ワシャもライブで拝聴したが、名辞と言っていい内容だった。このことについては数多の人が褒めておられるので、ワシャも同じ気持ちということで省略をしておく。

 特記しておきたいことは、菅前首相が、追悼の辞のラストで、披露した山県有朋の歌のことである。

「かたりあひて 尽くしし人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」

 これを2回繰り返し弔辞を締めくくった。

 この歌、菅さんも辞の中で触れているが、明治の元勲の伊藤博文ハルビン駅頭で狂った朝鮮人に暗殺されたことを受け、故人を偲んで詠んだ歌である。

 死にいたる状況も似ているし、同じく戦友であり盟友であったことも共通していた。まさにナイスチョイスといっていいフレーズで締めている。

 ワシャはこの歌を知っていた。そりゃそうですよ、『日本宰相列伝2 山県有朋』を読んでいるんですから。この本の190ページに、山県が椿山荘で、伊藤の暗殺の知らせを受けるくだりで、出てくるんですね。その歌の上にワシャは付箋を貼っている。その時の気分としては、伊藤を送る山県の心情に思いを馳せて付箋を打ったはず。

 それがどうでしょう。同じ歌がテレビの画面から菅さんの淡々とした声で詠まれるのを耳にした時に、涙が滲んでしまったんですね。感極まりました。

「同じ歌なのに、シチュエーションが変ると、これほど受け取り方が違ってくるものなのか!」

 と、合点スイッチを押してしまった。

 菅さんは弔辞の前段で、「衆議院第1会館1212号室の、あなたの机には、読みかけの本が1冊ありました。岡義武著『山県有朋』です」と言い、端を折ったページにマーカーで線を引いたところが「かたりあひて~」の歌だったと説明している。

 これはかなり創作の香が強いフレーズだが、そうだとしても1級品のエピソードと言っていい。安倍さんの郷土の大政治家2人の死別の悲しみを、ラストに持ってくるなんざぁ、この辞を書いたスピーチライターは只者ではない。

 それに比べて岸田総理の追悼の辞のパサパサなことといったらありゃしない。これも巷間で言い尽くされているので、1点だけ言っておきたい。

 辞の最後に「あなたが敷いた土台の上に、持続的で、全ての人が輝く包摂的な日本を、地域を、世界をつくっていくことを誓いとしてここにのべ、追悼の辞といたします」というフレーズを持ってくる。

「持続的」はサスティナブルで、「包摂的」はインクルーシブってか。こういった左系の好きな言葉を、安倍さんの国葬儀で持ち込んでくるかね?センスなさすぎ岸田君。

 それにだ、テレビで聞いていたら「ホーセッテキ」と聴こえたんだけど、最初は何を言っているのかが解らなかった。というか、皆さん、「包摂」なんて言葉知っていました?

 ワシャは今までの人生で「包摂」などという言葉を口にしたことがない。追悼の辞のようなまず耳で聞く文書の場合、さっと理解できる平易な言葉で綴るのが大切なんだけど、官僚という頭でっかちがつくると、「包摂くらい知っているだろ!」くらいの上から目線の作文になる典型だ(嘲)。

 普段はあまり多くを語らない菅さんだが、この名スピーチはライターも含めて、岸田首相に大きな差を見せつけた。

 お見事!