自分のことしか話さない人

 2日前のことである。名古屋で商売をしている親戚の80歳のジイサンが我家の隣りにある父母の家に立ち寄った。これが絵にかいたような無神経な自己中ジジイで、親戚中で辟易としている人物なのだが、本人はまったく気づいておらず、自分の自慢話ばっかりを次から次へと押し付けてくる。

 母親が体調を崩して入院をした。なんとか退院をして、自宅で養生をしているのだが、最近、少し元気になってきて、寂しいものだから知り合いのところに電話を掛けていたんですわ。でね、その中に自己中ジイサンの嫁が入っていたというわけ。その嫁さん、母親の姪っ子で、子供の頃から姉妹のように仲がよかった。だから気弱になっていたんで電話したんでしょうな。

 当然、姪のほうも「すぐに行くわ」ということになったんだけど、免許を持たない姪は機動性がないから自己中ジジイに声を掛けざるをえない。でべそで暇な旦那は、ほいほいと一緒に我が家にやってきたということ。母親の会いたいのは姪っ子だけなんだけどね。

 母親は久しぶりなので、姪とゆっくり話をしたかったに違いない。しかし、それをこのジジイが許さない。お茶を一口飲んだかと思ったら、車からいろいろなものを出してきてはそれぞれの物品について講釈を垂れるわ、自慢するわ。最初は90代の父と母で対応していたのだが、とても対応しきれず、これも近所に住んでいるワシャの妹に助けを求めた。ワシャの妹もワシャに似てこまっしゃくれているので、余程の相手に負けることはないはずなのだが・・・。さすがに親戚中の鼻つまみには旗色がよくないということで、ワシャにお鉢が回ってきたようなわけですわ。

 でもね、ワシャの家にもちょうど来客が来ていたのである。将棋仲間の近所の5歳児なんだけど、彼と2局目を打っている最中だった。それでも、父母から緊急要請が入れば、それも札付きのジイサンときたら、万一の場合、父母の生命にも関わるので、将棋仲間に「ちょっと中断します」と断りを入れて隣家に駆けつけた。

 ワシャが駆け付けた時には、ちょうど絵を車から出してきて、横山大観の色紙や画用紙に写された東山魁夷を絵を掲げて、父母と妹に自慢高慢しているところだった。

「これは本物ではないが10万はくだらない作品だ」

 とか言ってそっくり返っていた。

「シャワ美(妹ね)に1枚やろうか。兄貴も来たならお前にも1枚やるぞ」

 とか、ワシャにも声を掛けてきた。

 ワシャは大観の色紙を手に取って「これ印刷じゃん」と言ってやった。

「いや印刷でも値が張るぞ」

「鑑定団で1000円が付くかね」

 魁夷の絵の方も、絵というよりカレンダーを切ったもので、まったく価値のないシロモノを後生大事に段ボールの箱に入れて持ち歩いているんだね。

 絵が、ワシャに否定されてしまったので、今度は息子自慢に入っていった。長男が自分の会社を継いで一端にやっていること、次男が名古屋でも有名なレストランのシェフであるというようなことを、ペラペラとまくし立てる。

 べつに「あ、そうですか」という話で、とくに身内自慢は落としがないと聞いているほうが苦痛だ。このジイサン、自慢一辺倒なので、話としてはまったく面白くない。

 人のいい父母と妹はもっともらしく何度も頷いていたけれど、人の悪いワシャは、将棋仲間のほうが気になるので、つまらぬ話はさっさと中断して自宅にもどったのである。

 家に帰って王手飛車取りを指したところで、電話が鳴った。「お兄ちゃんに紹介したい人がいるんだって」という妹からの助けの電話だった。

 将棋仲間は王手飛車取りで悩んでいたので、また隣家に行きましたがな(トホホ)。

 

 そうしたらジイサン、今度は本や名刺を机にずらりと並べておりましてね、衆議院議員の名刺なんかもあったなぁ。でもね、そんなもの街頭で配っているヤツじゃん。その名刺を持ってきて、なにを自慢したいのかなぁ。なんだかよく回る顎で講釈を垂れていたんだけど、全然、耳に入ってこなかった。

 そして次が問題なんですわ。これは大きな声で言えないんだけど、まぁ経済界で成功して結構有名な人物がジイサンの親戚筋にいる。といっても姻戚関係だから血なんかまったくつながっていない。ジイサンとワシャも姻戚だから、そんな有名人でもワシャとは無縁の人と言っていい。しかし、ジイサンにしてみれば自慢の種なんでしょうね。新刊本を「貸してやるから読んでみてちょ」という。

 貸していらねえよ。そんな親中派の親玉の書いた本なんか。そもそも人に本を薦めるなっていうの。たまたま親戚のジジイを応接しているのが、父親の書斎なのだが、そこにはずらっと父親の愛読書が並んでいる。80歳を過ぎた頃に半分以上の本を処分したけれど6000冊くらいはまだあるだろう。親戚中でも父親の読書家は有名で、それに自著だって20冊くらいは出している元国語教師だ。そんな人間に、酒と女にうつつを抜かしていた男が、読書を薦めているんじゃないよ。

 で、矛先を変えてワシャに薦めてきた。おいおい、呉智英が推薦する本なら徹夜で読むけれど、読書の「ど」の字もしないようなジイサンに、それもワシャの一番大嫌いな親中商売最優先の人物が書いた本なんか読めるかっていうの。

 それでも親戚筋だし、母親の姪にはいろいろとお世話になっているので、そうそう邪険にもできないので「はいはい」と適当に相槌を打って過ごしていた。さすがに2時間も御託を聞いていると、母親も疲れてしまったのだろう。「調子が悪くなった」と言って寝室に戻ってしまった。

 それを切っ掛けに帰るのかと思いきや、そこからまた絵の話にもどって話を続けていくのだった。ジイサンは「ワシャくんはケチを付けるけれど、これでもいい額に入れると見栄えがする」と言い出した。額に入れても印刷は印刷なんだけどね。複製でもない印刷に価値なんかないですよ。そしてカレンダーの切り取りはゴミに近いのではないか。

 それでもそう言うから、ワシャは自宅に戻り、色紙の額と東山魁夷のカレンダーが入りそうな洒落た額を見繕って、入れてやりましたよ。そうしたら当然のこと、遠目にはいい絵に見えますね。それで満足したのが、「この絵をワシャとワシャ美にやる」と言ってご満悦になって、「じゃあ帰る」ということになった。やれやれ。

 帰りしなに2時間も詰まらない話を我慢していた父親が見送りに椅子から立ち上がろうとしたときに、よろけて倒れ怪我をしてしまったほどだ。でもね、そんなことには見向きもせずにテメエの話したいことが終わればさっさと帰ってしまうのだった。それでいいよ、疫病神はさっさと帰ってくれ。

 

 あ、将棋仲間のことを忘れていた。あの王手飛車取りをなんとか回避できたかなぁ。またワシャが勝ってしまうと、プンプン怒るかもしれない。そうなったら近所の広場でサッカーの相手をしてやらないと収まらないだろう。

 こっちのお客はホント楽しい来訪者なんだけどね。

 

 追伸:この名古屋ジイサンにあった後は、大概の人が分別のあるいい人に見えるから不思議だ。