ワシャは幼少期に病弱だった。熱を出したり、ひきつけを起こすなんてことは日常的だった。だから地元の医者のS先生には休日でも深夜でもお世話になった。S先生の勧めで名古屋の大学病院にも通院した記憶がある。食も細く、本ばかり読んでいるような子供で、そんなんだったから、体力もつかず細っちい引っ込み思案な、よく言えばとても慎重な子供だった。
だから周囲の大人からは「この子は臆病だ」と言われた。とくに山守をしていた母方の伯父には「おまえは臆病だのう」と何につけても言われたことが強く印象に残っている。蟲も触れないし、猪も触れない(笑)子供だった。
そりゃぁ山で獣と格闘し、徴兵されて支那戦線でゲリラと戦ってきた伯父にしてみれば、町から来た弱っちいガキだったのだろう。
体力的なこともあり、近所の悪ガキとは遊ばなかった。図書館と家にこもって本ばかりを読んでいたから優秀な子供だった(エヘン)。
10歳になる頃には病気も治まり、あまり活発には動き回らないが、常に学級委員をやるようなそんな児童になっていた。
そういうのってクラスの悪ガキから疎まれるんですね。小学校5年ではかなりイジメにあった。しかしこのあたりから体ができてきた。身長も伸びて、クラスの中でも後ろから3番目くらいだった。そして運命の「柔道一直線」がテレビ放映され、これを見たワルシャワ少年は父親に「柔道をやりたい」と申し出た。
父親も、身長はあるが貧弱な体の息子を心配していたのだろう。2つ返事で、町の道場への入門が許された。
それから数年、町道場に通ったのだが、ここが近隣の小中学校からかなり強面のガキの集まるところで、そこでワルシャワ少年は鍛えられていく。
入門1年後にはクラスのイジメに加担していた弱い連中を痛めつけ、2年後には強敵だった大ボスも締め上げ決着をつけた。
中学校には4つの小学校から生徒が集まってきた。総勢1200人のマンモス中学で、またそこでの勢力争いが大変だった。ちょうど、「愛と誠」という学園物のマンガが流行し、不良の太賀誠にあこがれたものである。そんなことをしているので、体力は向上したが知力は落ちていったのでした(笑)。
まあいいや。そんな昔のことは。
昨日、地元の神社で「春の大祭」が行われた。土曜日早朝からの式典準備に始まり、夜祭神事、その後の直会(なおらい)。日にちが替わって、午前中の神事(ここでワルシャワが白装束の出仕になる)、午後から生憎の雨になったが、大祭の餅配りが開催されるとあって、それこそ神社の鳥居から何百メートルもお参りの列が続いた。夕方には参拝の列も途絶えて、大雨の中で片付けを行って、ずぶぬれで帰宅したのであった。
このあたりにおもしろいエピソードが、いくつか転がっているんだけど、それはまとめて明日にでもお送りしたい。国会議員の話とか県会議員の話とか(笑)。
さて、神事と餅配りの間に短い昼食の時間があった。そこでそそくさと仕出し弁当を食べて、その後、お下がりの餅を切り分けて袋詰めをしなければいけない。なんといっても400袋くらいをつくるので、なかなか大変な作業なのである。
しかし長老たちは、そんなことには興味がない。神前の酒を下げてきて、弁当を肴に酒宴を始めていく。
「おい、ワルシャワ、ちょっとこっちへ来い」
隅のほうで弁当を食べていたワシャが呼ばれると、湯呑になみなみと継がれた「獺祭」が差し出される。
いやぁ、まだ午後の仕事もあるんで~。
「御神酒じゃ、ありがたく飲め」
ということで、長老たちの直会に付き合わされる羽目になったのでした。数人の長老たちはもうご機嫌で、「獺祭を熱燗にしてこいや~」とか若手の神社委員をこき使っている。
ワシャは、若手神社委員の人身御供のようなもので、爺様方に囲まれて黙々と飲んでいる。でね、どの人も近所の人間なので、かなり前からワシャの事を知っている。たまたま長老の一人がワシャのことを話題にした。
「ワルシャワは腹だけは座っとるな。こいつ度胸はある」
普段、褒められたことなどない人からそう言われて「え?」とワシャは顔を顰めた。そうすると他の爺様方も、「そうだそうだ、生意気だけど度胸はある」と同調する。
これが意外だった。
ワシャは幼少の頃から、自分のことを「臆病」だと思ってきた。今でもそう思っている。
長老たちの前で、自分の態度を変えたことなどなく、ずっと学生時代からの自分を貫いて付き合っている。「生意気」と言われればそうかもしれない。しかし、「度胸がある」などと思ったことはなかった。
相変わらず夜の2階のトイレの窓の外に白い人影が見えるとびっくらこくし、山でイノシシに遭遇しても格闘などせずに逃げてしまう。
でも、そんな醜態を近所の長老たちには見せたことがない。だから、「今はそういう風に思われてるのか」と考えさせられてしまった。本質はなにも変わってはいないのだけれど、歳月がワシャの弱い部分をプロテクトしているのだろう。
興味深い。