去るものは追わず

朝日新聞

白鵬引退へ 横綱84場所・優勝45度》《型破り白鵬時代》《白鵬支え続けた》

中日新聞

横綱白鵬引退へ》《白鵬時代静かに幕》《綱とは問い、問われ》

【読売新聞】

白鵬引退》《大横綱独走14年》《「最強」白鵬 光と影》

日経新聞

白鵬 孤高の大横綱》《白鵬引退へ ファンら惜しむ》

 日経以外は1面で扱っている。しかし、それほどのニュースだろうか?ワシャ的には疑問だ。白鵬の記録に高い評価を与える人もいる。しかし、記録というものは単なる数値でしかなく、そこに価値をもたらすのは、勝ち方であり、土俵態度であり、横綱の持つ美学なのである。白鵬にはそれがなかった。

「相撲の普及にも力を入れて頑張ったことをたたえてあげてほしい」と言う人もいる。だったらね、慈善活動をする反社勢力もたたえてあげようという理屈になる。これは極論ではなく、横綱って「神」なのだ。頂点の神は全力士の模範でなければならない。その存在が、土俵上でガッツポーズをしたり、雄叫びをあげたり、ダメ押しで相手を土俵から突き落としたり、土俵上で審判に抗議をしたり、来場者に万歳を強要したり、奇抜な立ち合いをしたり・・・言い始めればきりがないくらいの力士としての悪行を重ねてきた。勝つためにはどんなことをしてもいいという「喧嘩相撲」を横綱自身が実践してしまった。

 

 ワシャの相撲好きは、初代の若乃花に頭を撫でられてから始まっている。以降、大鵬柏戸玉の海北の富士琴櫻、輪島、北の湖若乃花②、三重ノ海千代の富士隆の里北勝海大乃国旭富士、曙、貴乃花若乃花③、武蔵丸と、数多の横綱を見てきたが、モンゴル人が入り込むようになって横綱が狂い始めた。太平洋島嶼出身の曙も武蔵丸もモノがよかったが、大陸の横綱が出るようになって質が悪くなった。

 朝青龍の暴力事件、日馬富士の暴力事件、そして傍若無人白鵬と、相撲という伝統文化を愛する者からすると、不良横綱には吐き気をもよおしてきた。残っている半分ミイラ横綱が片づいてくれれば大相撲もずいぶんおもしろくなるんだけどなぁ。

 何度も言っているが、ワシャはモンゴル人の力士を差別して言っているのではない。言っておくけれどワシャの好きな力士の上位には旭天鵬が入っている。彼の真摯な土俵態度、取り口、土俵外での態度などを総合して、とても好きな力士だった。旭天鵬が土俵に上がると、近所から「うるさい!」と言われるほど大声で声援を送ったものである。

 横綱鶴竜にしても応援していた。ひょうひょうとした土俵態度。感情を露わにしない取り口。勝って奢らず、敗れて悔しがらず、休場が多かったことはマイナスだったが、総合的にいい横綱だった。

 

 ともかく、不良横綱は消えたのだ。今から照ノ富士は、身ぎれいにする努力をして、立派な横綱になって欲しいし、若隆景、霧馬山、大栄翔が力をつけてきた。負け越してしまったが宇良や翔猿も目が離せない。大相撲をおもしろくするためにも、我々相撲の伝統文化を愛するものには不快だった力士のことはさっさと忘れて、今、真摯に土俵をつとめる力士の皆さんを心から応援しようっと。