ふりむかないで

 函館のことを書きたい。

 先週の31日の函館は朝から雲が多かった。ワシャが、昼食後、函館市役所に向かう道すがらに日照雨(そばえ)が降った。傘をさすまでのこともなかったので、濡れるにまかせて歩いていた。ホントはね、せっかく函館まで来たので、少し足を延ばして称名寺を訪ねたかったのだが、仕事が優先で、結局、行くことは叶わなかった。

 司馬遼太郎燃えよ剣』の最終章を引く。

◇◇

 お雪。

 横浜で死んだ。

 それ以外はわからない。明治十五年の青葉のころ、函館の称名寺に歳三の供養料をおさめて立ち去った小柄な婦人がある。寺僧が故人との関係をたずねると、婦人は滲みとおるような微笑をうかべた。

 が、なにもいわなかった。

 お雪であろう。

 この年の初夏は函館に日照雨(そばえ)が降ることが多かった。その日も、あるいはこの寺の石畳の上にあかるい雨が降っていたように思われる。

◇◇

 歳三の想い人の、お雪が函館に来たかどうか・・・このあたりは司馬さんの創作であろう。しかし、司馬さんは取材で何度も函館を訪問しており、司馬さん自身は、函館のどこかで「日照雨」に遭遇していることは想像に難くない。「これは使える」と思われたのだろう。

 称名寺函館駅から西、函館湾を挟んで反対側の半島にある。行きてー、けど行けねー。『燃えよ剣』をこよなく愛し、組織人として、武士(もののふ)として、土方歳三を敬して止まないワシャとしては不本意だったけど、日照雨に迎えてもらったことで「善し」としよう。

 

 函館市役所での仕事を終え、資料を抱えて、正面玄関から外に出る。およよ、まだ日照雨がぱらついていやあがる。駅まで戻るのに15分、しかたがねえ、秋雨じゃ、濡れてまいろう。チョーン(柝の音)と、土方歳三を気取って、正面の道路を海に向かって歩き出した。正面道路沿いに寺がある。そこにさしかかった時に、ワシャの数メートル前に髪の長い女が、脇道から割り込んできた。赤いヒールを履きタイトスカートの似合うスラリとした女だった。気が付いたのが遅かったので顔は見ていない。

 

 女は、ワシャの前を市電通りまで行って、交差点を左にわたって、まさに称名寺の方向に消えていった。ワシャの向かう駅は右手にあるので、結局、ご尊顔を拝せなかったわけだ。しかし、その柔らかそうな長い髪が印象的で、きっとお雪のような美人だったに違いない。

 

 その時にふと懐かしい曲が脳裏に再現された。

泣いているのか 笑っているのか

うしろ姿の すてきなあなた

ついていきたい あなたのあとを

ふりむかないで 東京の人

 エメロンシャンプーのCMで流れていた曲だ。

 たしか1番は東京で、2番からは北海道、東北、東海、関西、九州と順繰りに場所が変わっていく。でね、ワシャは、北海道は「函館の人」ではなかったかと思ったのだ。

 調べてみたら、残念ながら、北海道は「札幌の人」でした(笑)。