あゝ玉杯に花うけて

 春ですね。暖かくなってくるとみんな家から外に出てくるのだろう。

 昨日の午前中、ワシャの職場をOBが訪ねてきた。退職されてから十数年が経っている。最後にお会いしたのも5年くらい前だった。受付に来て「ワルシャワ君はおるかね」と係員に確認したそうだ。受付から5階の事務室に電話が入って「Wさんという方が、ワルシャワさんに会いたいと言っています」とのことだった。
 Wさん?よくある苗字で、知り合いにも多くいる。誰だろう。「お幾つくらいの方ですか」と聞き直すと、「70歳ちょっとくらいでしょうか」との返事。この答で、OBのWさんの顔が脳裏に再生された。このところクレーマーや飛び込みセールスも多いが、取りあえず会ってみようの受付のある2階まで降りた。
 やっぱりOBのWさんだった。
「ご無沙汰しています。お元気そうですね」
 と声を掛ける。
「ちょっと用事で近くまで来たものだから、ワルシャワ君の顔を見ていこうと思ってね」
 社交辞令でも嬉しいことを言ってくれる。
 せっかく来ていただいたので、事務室へ上がってもらって、打ち合わせ机(ソファーなどないので)に座ってもらって、お茶と、ワシャが来客用に買っておいた埼玉の銘菓「五家宝」を茶菓子に出す。
 Wさん、嬉しそうに菓子をつまみ、茶を飲みながら、冒頭はワシャの痩せたことを心配し、その後はご自身の目の病気のことを話していた。会社の人間関係のことにも触れて、30分程で「ワルシャワ君の元気な顔を見たんで失礼するよ」と帰って行かれた。
 Wさんこそお元気そうでよかったです。

 昼になったので、会社から外に出た。いつもはケータイを事務所に残していくのだけれど、昨日はなぜかコートのポケットに入れていった。こんなことはかなり珍しい。ところが外飯を食っていると、ケータイが鳴ったのである。「これを予知していたのか」と思うくらい絶妙のタイミングだった。
 ワシャは年末にケータイを亡くしてしまった。「無く」ではなく「亡く」である。だから大半の電話番号を失っている。かなり回復してきたが、それでも以前の2割にも満たない。いろいろ集めたネーチャンの番号もみんな失った(泣)。
 ケータイの画面には「番号」しか表示されない。だから出るしかない。
ワシャ「もしもし」
相手「おう、30分くらい時間が空いてなぁ、今から事務所に行くんで、事務所を案内してくれ」
ワシャ「あの……今、事務所から外に出て居まして……」
 とか言い訳しながら、電話の声に記憶がないか脳をフル回転させている。
相手「近くの農協ビルまで来ているんだわ」
 農協?そしてこのだみ声、押しの強さ……。おそらく以前にワシャの上司だったKさんだ。それでもケータイの声だけでは断定ができないが、10分後に事務所の入口で約束をして、ケータイを切った。
 やはりOBのKさんだった。相変わらずの強面はお変わりなくお元気そうだった。今は農協の偉い役をやっていて、お忙しいとのこと。忙しいほうが人間は老けないんだね。
「事務所を案内しろ」とのことだったので、そりゃもう昔の怖い上司(笑)ですから、仰せに従いましたよ。
ワルシャワ、ちょっと痩せたか?」と言われたので、「一度、痩せたんですが、今は標準にまで戻しました」と答えておいた。「つまらん上司に仕えると……大変だな」と言われたが、前半は聴こえなかった風を装った。
 30分程、建物の中をご案内し、再び入り口まで戻ってくる。Kさん、深々と頭を下げられて「忙しい時に悪かったね」と言ってくれる。「また近くまでお出での際は、顔を見せてください」と答えると、ニッコリと笑って街のほうに歩いていった。

 タイトルに関連して「玉杯」や「花」について季節感を醸そうかと思ったのだが、書き出したらぜんぜん別の方にいってしまった(謝)。