でんでん虫のかなしみ

 朝日新聞「折々のことば」。
 今朝は、皇后陛下のお言葉である。
《読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えていかなければならないということ。》
 このお言葉には続きがある。
《人と人との関係においても。国と国との関係においても。》

 鷲田清一さんが解説で、皇后陛下の後段のお言葉も伝えている。
《人の思いや立場が交錯する中、複雑さにたじろぎ飲み込んだ息は、それに耐えうる知的な肺活量を鍛えもする。とくに幼時の読書は、人生の「根っこ」と想像の「翼」と「痛みを伴う愛」を育む……》
これらは、インドで開かれた国際児童図書評議会世界大会でのビデオ講演で皇后陛下が語られた。その全文は、『橋をかける』(文春文庫)に掲載されている。
 もちろんこの本には持っていて、付箋が貼ってあるのだが、残念ながら鷲田さんが取り上げた箇所ではなかった。前段で皇后陛下がご自身の読書遍歴を語られるところで「まだ小さな子供であった時に……」と前置きをされて一冊の童話について触れられた。新美南吉の「でんでん虫のかなしみ」である。そこにきっちりと付箋がついている。
 皇后陛下が幼少のみぎり、南吉作品が好きだったという話は「南吉が青春時代を過ごした町」では有名な話となっている。そのことがあちこちで語られ、南吉関連資料の中に書かれたものもある。
 最後の青春の時期に我が町で過ごした南吉の思いが、皇后陛下に届いているとするなら、天皇皇后両陛下が丹精こめてつくられた平成の御世に、南吉のやさしさが織り込まれているのではないか。
「でんでん虫のかなしみ」は楽しい話ではない。「かなしみ」が題になっているとても考えさせられる物語である。皇后陛下は時おりこの物語を思い出され《生きていくということは、楽なことではないのだという、何とはない不安を感じることもありました。》と言っておられる。しかし、《それでも、私は、この話が決して嫌いではありませんでした。》と結ばれている。