悪友の母

 昨日、昼過ぎに中心市街地の交差点の角に立っていた。昼食後に職場の近くのいつもの本屋さんに行こうと思ったのだ。
 信号待ちをしていると、突然「ワルシャワくん!」と声を掛けられた。声のほうをふと見れば、カートに寄りかかった老婦人がこっちを見ている。誰だろう?最初は判らなかった。しかし、声に記憶があった。わりとだみ声だ。そこをたよりに心覚えを辿ってみると……思い出しましたぞ。十数年前に出張先で亡くなった悪友の母上ではあ〜りませんか。あら〜懐かしい。何年か前の十三回忌以来の無沙汰ですね。不義理をしております。それでも相変わらずお元気そうでなによりです。
 母上は悪友の二人の娘、その人から言えば孫にあたるが、女三人祖母と孫で暮らしている。悪友の奥さんは十三回忌を待たずして悪友のもとに旅だったので、祖母と孫が残された。
 交差点の隅の建物の陰で、しばし近況を聴き、近況を伝え、最後に「ワルシャワくん、元気でやりなよ」と言って、母上はカートを押してスーパーのほうに去っていった。

 お〜い、悪友。お母さんは相変わらず元気だぞ。娘二人も就職して立派な社会人になっている。お前はさっさと彼岸に行っちまって、気楽の金太郎だとは思うが、ちょっとはオレの手伝いもしろよ。お前みたいな阿呆がいなくなって随分と寂しい思いをしているんだぞ。お前とはいつもライバルだった。お互いに派閥をつくってさ、しのぎを削りながらも、ここぞという時にはいつも合従して強い敵を潰してきたじゃないか(笑)。
 時効だから言うけれど、会社のスキー部の先輩たちとはずいぶんとやりあったなぁ。むこうは管理職がずらりと並んでいたのに比べ、こっちは入社5年目くらいが一番頭だった。でも、横柄な先輩たちと袂を分かち、別団体を立ち上げたのもお前の唆(そそのか)しがあったからだ。でもさ、若い女性社員をみんなこっちのスキーツアーに引っ張り込んで、あっちの合宿を男ばっかりにしてやった時は笑ったな。
 でも、あの先輩たちは、ワシャらとがっぷり四つに組んで闘ってくれたから、闘い甲斐があったよね。
 ワシャのことを同期の人間が「ワルシャワの会社生活はやんちゃだった」と言っていた。「やんちゃ」というのはクソガキってことだよね。クソガキよりはやや好意的なニュアンスを含んでいるが、やっぱり「子供のようにわがまま勝手で、だだをこねたりいたずらをしたりすること(広辞苑)」なのだからガキのまんまということに違いない。
 だけどさ、お前とつるんでいた頃と比べれば、かなり大人になっている。かつては先輩だろうが上司だろうが、やられたら必ずやり返していたが、近ごろはそこまで過激ではなくなった(笑)。
 え?そんなのはワルシャワらしくないって?
 なにをけしかけているんだ。もうその手には乗らないぜ。

 我に返り、スーパーのほうを見ると、母上がスーパーに入っていくところだった。こっちを振り返り、手のひらを2度開いたり閉じたりした。バイバイってことですな。ワシャは深々と頭を下げた。