ワルシャワの休日

 相変らず本棚の整理をしている。
 落語関連の棚が混み合ってきたので、隣の棚に一段か二段、進出させようと思った。ところが、当然のことながら隣の棚も満タンなので、その一部を整理・処分しなければ空間は生まれない。そこで、その棚の最上段と二段目を占拠するエッセイ系に手を付けた。ナンシー関は、もういいか。天声人語系も処分すっぺ。「産経抄」は石井英夫さんだから取っておくか。日本エッセイスト・クラブの『ベスト・エッセイ集』は……う〜ん、これは中身を確認してからだな。
 これがワルシャワの整理のダメなところでヤンス。結極、「中身を確認」と言い訳をしつつ読み始めてしまった。井上ひさし司馬遼太郎藤沢周平吉村昭津本陽……書いている方々のレベルが半端ではない。それに津本さんは訃報が回ったばかりなので、ついついネタとして読み込んでしまう。観世清和白洲正子中村勘九郎松本幸四郎……勘九郎幸四郎も先代のほうね。淀川長治高峰秀子新藤兼人山田洋次……おっと、山田洋次で引っかかってしまった。
 1990年刊の『チェロと旅』と題されたベスト・エッセイ集である。この中に《想い出の「ローマの休日」》というエッセイを載せている。「ローマの休日」だっせ。わてはこの六文字を見つけて、通り過ぎるわけにはいきまへんで。
 山田洋次監督は思想的にあまり好きではない。ワシャの尊敬する小津安二郎監督も評価していなかったしね。でも、「ローマの休日」が映画の中で一番好きだという点では、まったく異議はなく山田監督のおっしゃる通りである。「ローマの休日」が一番好きな映画人という一点だけで尊敬もしている。
 山田さんはこう書く。
《沢山の映画が忘れ難く、どれが好きかをきめるのは簡単なことでは……いえ、「ローマの休日」、もちろん「ローマの休日」です。》
 この文章は「ローマの休日」のアン王女のセリフをパクッている。だからおもしろい。ワシャも「ローマの休日」が全世界の全映画の中で最頂点に立つ作品だと確信している。残念ながら「七人の侍」も「東京物語」も「風と共に去りぬ」でさえアン王女のたった一日の恋物語には勝てない。
 山田さんのエッセイを参考にさせてもらって「ローマの休日」のラストシーンの分析をしてみよう。
 全体が約68カットで構成されている。主としてアン王女と新聞記者ジョーの短い、セリフのないクローズアップであり、あとはフルショットやロングショットを使い分けながらつないでいく。この68のカットにはそれ程多くのセリフは仕込まれていない。セリフが極力抑制されたなかで、王女とジョーの心の通い合いを見せるのである。
 このシーンで主人公のジョーが口にするのは、2つだけだ。
「我が社を代表して申し上げます。王女様のご信頼が裏切られることはないでしよう」
アメリカン・ニューズ・サービスのジョー・ブラッドレーです」
 社交辞令と自己紹介だけである。しかし、このセリフを言うジョーの複雑な表情、それを聴く王女の細やかにうつろう面持ちを見れば、この二人に言葉はいらない。ここでワシャはビー泣きする。
 結局、昨日も2回観てしまった。整理のほうも、落語の棚の隣の2段はまだ片付いていない。やれやれ。