先の日曜日、Eテレの「日本の話芸」で瀧川鯉昇が「ねずみ」を掛けていた。
名工の左甚五郎が奥州仙台貧乏な旅籠に泊まった。あまりの窮乏ぶりに同情した甚五郎はねずみを一匹掘り上げて置いていった。さて、それが動き始めたから、さあ大変。評判が評判を呼び、旅籠は連日大賑わいとなる……といったような噺である。番頭に騙され「虎屋」という大きな旅籠を乗っ取られた親子に肩入れをする甚五郎の優しげな姿や、一所懸命に父を援ける子供などが高座に立ち上がってくる。やっぱり鯉昇は上手いねえ。
それでもね、生の鯉昇のフラを知っているワシャとしては、やっぱりライブがいいでゲス。6月にはまた「安城落語会」に鯉昇が登場するようだから、はりきって行くことにしようっと。
左甚五郎のからみで言えば、今日が甚五郎の命日らしい。もちろん、そのネタがまずあって、日曜日の鯉昇を思い出し、そこから書き出した。でね、「命日らしい」と書いたのには理由がある。『日本史歳時記三六六日』(小学館)には1650年4月28日が命日になっている。ところが『国史大辞典』に拠れば、左甚五郎の生没年は不詳と記載されてある。また『コンサイス日本人名事典』(三省堂)では没年が1651年、『世界大百科事典』(平凡社)だとこれも不詳となっている。ワシャの手持ちの辞典類ではチリヂリバラバラ、この程度までしか解らなかった。
だけど『世界大百科事典』では左甚五郎が歌舞伎や講談などに創作されていることが書いてあったので、そう言えば歌舞伎にも左甚五郎は登場するなぁ……などと思いあたった。たしか「京人形」を勘三郎で観ましたぞ。落語でも「竹の水仙」を一之輔で聴いたなぁ。どちらも左甚五郎が登場し、困っている人を助けてくれるのであった。めでたしめでたし。