七人の侍

 2月3日の日記で、キネマ旬報の順位で、小津安二郎の『東京物語』に次いで第2位だったと書いた。しかしどう考えても『七人の侍』がダントツの1位のような気がしてきた。小津ももちろん素晴らしいのだが、エンタティメントとしては『七人の侍』になるなぁ。
 なにしろ七人の侍のキャラクター付けがうまい。というか絶妙で、これ以上の組み合わせ、組み立てはできないほどの細かい編み込みができている。名人技と言っていい。3日にも書いたけれど、七人がそれぞれ強烈な個性を持っていて、時に主張し、時には脇にまわって、全体としてドラマを盛り上げていく。登場人物の一挙手一投足に無駄がなく、すべてが次のシーン、次の展開につながっていく。『七人の侍』に比べると、昨今のアクション映画など児戯に等しい
 主人公は7人の侍である。しかし、侍たちと対立構造になる百姓たちにも役者を揃えている。長老の儀作、ずるい万造、自棄になっている利吉、自己中な茂平、少年のような志乃、百姓の悲哀を一身に背負っているような、それでいて飄々とした存在感をみせる与平、この6人が加わって幹の部分をさらに太くしていく。これにまたのちのち名優となる人たちが、それぞれの役割で枝葉をつくって、大樹を繁らせている。
 もちろん全てが黒澤の演出から生まれているものなのだが、脚本や演技の計算し尽くされた織りの深さ、計算しきれない偶然の奇跡――三船敏郎演じる菊千代が偽侍であることを見破られ、やけ酒を飲んで暴れ狂う場面があるが、ここは実際に三船が酒を飲んで演じたという――までが見事に織り込まれている。計算し尽くされている黒澤映画の中で、三船という名優の偶然性に賭けたのである。そしてそれは大成功を収めた。

 黒澤映画を「願望の映画」と言った人がいた。黒澤明が「こうあってほしい」と願う侍の姿をスクリーンに描き切った。侍たち(似せ侍の菊千代も含め)は、百姓たちのために潔く戦い、死んでいく。勘兵衛も、久蔵も、菊千代も、五郎兵衛も、七郎次も、平八も、勝四郎も侍として格好いい。
 5月下旬に始まった撮影は、当初3ヶ月でクランクアップする予定だった。映画会社としては、秋の公開に向けたスケジュールを組んでいたのだが、黒澤の撮影は遅々として進まず、正月映画を目標にしての撮影となった。東宝は黒澤を甘く見ていた。結局、正月公開にも間に合わず、クライマックスの夏の豪雨の合戦シーンは極寒の2月の撮影となった。ぜひ映像を見てもらいたい。登場する侍も百姓も夏の格好である。三船など裸に鎧を着け、ケツなんか丸出しである。そこにみぞれ混じりの冷たい雨が降る。それも映りを良くするために墨汁を混ぜた黒澤雨が加えて降ってくる。この映画に関わった役者・スタッフは「こんな過酷な映画は二度と御免だ」と言っていたほどである。

 でもね、とは言っても、苦労に苦労を重ねた作品。撮影が終わった時には、関わったみんなが泣いていた。黒澤は「心の中を風が吹きぬけるような」と表現していた。黒澤研究者の都築政昭氏は著書の中でこう言っている。
《黒澤は、その時特別な感慨を持った。作中人物と「もう二度と会えない」という思いだった。勘兵衛も菊千代も、黒澤にとって足かけ三年もつき合ってきた人物である。特に黒澤は自ら作った人物になり切る、いわば憑依の思いの強い人である。勘兵衛らと共に、あの決戦を共に生きたのである。》
 名作を世界に残してくれた黒澤監督にお礼をいいたい。命懸けで映画を作り上げたスタッフ・俳優の皆さんにも心から拍手を送りたい。