新出去定

 タイトルは「にいできょじょう」と読む。山本周五郎のファンならば知らぬ人はいないくらい有名な医者である。黒澤映画のファンでもそうだね。倉本ドラマのファンでもそうだし、昨日のNHKBSで新番組「赤ひげ」を見た人も読める。
 黒澤では、三船敏郎が演じた。倉本では小林桂樹だった。三船は武骨な赤ひげで、小林はそこに知的な雰囲気をスパイスしていた。両名優ともに眼がよかった。新出去定がその内面に持つ優しさと厳しさを眼で演じていた。すがってくる貧者たちには地蔵菩薩のように慈愛に満ちた愛(め)で接し、不当な輩に見せる怒りの際には不動明王の如き鋭い眼光を放った。黒澤映画は日本映画史の中でも燦然と輝く名作だし、倉本ドラマも印象に残る作品だった。
 原作も心に響く中編で、ワシャは黒澤「赤ひげ」を観たあとに読んだので、どうしても三船の髭面がオーバーラップした。大団円で赤ひげが「先生の下を離れたくない」という弟子と口論になるところがある。

「おまえはばかなやつだ」
「先生のおかげです」
「ばかなやつだ」と去定は立ち上がった、「若気でそんなことを云っているが、いまに後悔するぞ」
「お許しが出たのですね」
「きっといまに後悔するぞ」
「ためしてみましょう」登は頭をさげて云った、「有難うございました」
 去定はゆっくりと出て行った。

 三船の少し困ったような表情で立ち去っていくのが見えてきませんか(笑)。

 さて、昨日のNHKBS時代劇の「赤ひげ」である。赤ひげが船越栄一郎……ううむ、船越さんが赤ひげか。うううう、眼がいけない。気迫がない。重さがない。にじみ出てくる人間性が薄い。
 ついこの間、船越さんの罪ではないにしろ、ストーカーのような嫁の話題が出てしまった。そんなこんなが重なって、新出去定が立ち上がってこない。新出去定の重厚感がまったく伝わらなかった。シナリオも倉本作品のように練られておらず、ドラマ自体も冗漫で、次は見ないかもしれない。