リーダー論

 そんな大仰なものは書けないけれど、ちょっと思いついたんでメモしておこうっと。
 例えば、ある会社で社長出席の会議が開かれたと思ってくだされ。普通なら幹部や出席者が一堂に会して、最後に社長がおもむろに登場し「それでは始めようか」ということになるのではないか。
 これが、社長が会議室に早々と来ていて、何をするのでもなくメンバーが打ち揃うのを待っている……というのはいかにも間抜けな図式である。担当課長も部長も社長の待つ会議室に悪びれる様子もなく遅れて入室してくる。そして最後に副社長が入ってきて、着座すると「それでは始めましょうか」ということになる。
 社長に言わせれば「僕はそんなことを気にするような古いタイプのトップではない」ということなのかもしれない。些末なことに拘らないリーダー、それも格好いいかもしれないが、そんなことは時々あればいいのだ。頻繁にあり過ぎるとなると、単なる部下に舐められたトップということになる。時代小説なら「家老に謀反の疑いあり」てなことになりかねない。それは大袈裟にしても、ある意味で組織内の秩序である。これを部下に遵守させなければ、鼎の軽重を問われかねない。頭領は頭領なのである。
 天下をとった豊臣秀吉は、自由なリーダーであった。清正や正則らが訪ねてくると、それこそ尾張の田舎のオヤジのように「せんべい食ってちょ」「干し柿も食べてちょ」と世話を焼いた。
 しかし一旦、公的な場に臨んだ時は厳しい態度をとった。会議に遅刻など許されなかった。この硬軟の使い分けが重要なのである。

 秀吉が御咄衆の曽呂利新左衛門のやり取りである。
「天下にもっとも多きものは何か」
「それは人でござりましょう」
「では天下にもっとも少ないものは何か」
「それは人でござります」

 先に出てきた人は「人間」のことで、あとの人は「人材」ということ。秀吉は、世に少ない「人材」を集めて、それをまとめ上げることで天下をその掌中に掴んだ。
 もともと人材は少ない。人材は才能と言い換えてもいい。才能ある人は気ままで自由で生意気だ。これをまとめ上げていくのが頭領なのである。
 書誌学者の矢沢永一さんは言う。
「才能は見出されて、引き上げられ、押し出されて開花する。その才能を見つけて、鼓舞し、激励し得る才能もまた尊い。」
 後段はリーダーの資質そのものである。硬軟織り交ぜて、けじめはしっかりとつけて、才能ある部下を使いこなしてナンボでっせ。