ミュシャの希求

 多くの日本人は鈍感だと思う。平和を願っていれば今の平穏な生活が続いていく……なんてことは絶対にありえない。

 ミュシャである。彼が1912年に描いた「原故郷のスラヴ民族」という作品
http://www.mucha.jp/slavepopej01.html
 これね。作品の時代は古代である。
 古代、スラヴ民族は異民族の虐殺から逃げ回っていた。この絵の前面に座る二人はまさにその象徴である。盗られ、犯され、殺される運命から逃れようと必死な形相が見て取れる。草叢に身を隠す二人なのだが、その背後まで蛮族は迫って来ている。
 ミュシャはこの絵にもうひとつの時代を織り込んでいた。まさにミュシャの生きた20世紀の黎明期である。この時期のバルカン半島スラブ民族ゲルマン民族に支配される苦しみの中にいた。彼の故郷であるスラブ人の国チェコが真の自由を手にするのは、この絵が描かれてから77年の歳月と第二次世界大戦ソビエト連邦の支配という地獄を経験しなければならなかった。

 祈るだけでは平和はやってこない。古代から現代まで自由や平和を維持するのには、大きな労力が必要なのである。条文ひとつを奉って1億の民族が平和ならそんなのんきなことはないのだが、そんなことが実現した国や民族は過去に一国もなかったし、これからも一国も現れない。あたりまえなのだ。

 ノルウェーの作曲家エドヴァルト・グリーグの《ペール・ギュント》に「ソルヴェイグの歌」という曲がある。これがミュシャのこの絵に合う。これを聴きながらスラブ民族の悲劇に思いを馳せている。

※クラシック