東銀座駅の北に「木挽町広場」ってのがあってね、そこにはいろいろな和風なものが揃えてあるんですわ。扇子とか手ぬぐいだとか、簪もあったし根付けを売る店もあった。なにも買う気などないですから、最初からひやかしのつもりであちこちの店をのぞいていると、水引で造ったブローチのようなものを製造販売する店があって、その一角に家紋のキーフォルダーがずらりと並んでいた。家紋好きのワシャとしては、なにげなく「五葉木瓜は信長」とか「違い鷹羽は赤穂の殿様」とか思いながら、キーフォルダーをチャラチャラ見ていた。そしたら職人の場所に座っていた30代とおぼしき女性が「お客さん、家紋はなんですかい?」といなせに言ってくるではあ〜りませんか。ワルシャワ家の紋章は「双頭の鷲」である。とは言わず、「下り藤」と正直に答えた。
そうするとネーチャン、「下り藤」にまつわる話をするではあ〜りませんか。
「下り藤という紋所は由緒のありますもんどころで、遡ってまいりますってえと奈良の春日大社までさかのぼります。春日大社と藤原氏が大変関係が深かった。そこから加賀、安芸、伊豆、近江などに出ていくと加賀藤原、安芸藤原などがつづまって加藤、安藤などが生まれた」
って、そのくらい知っていますけど。おそらくワシャの小ばかにしたような表情がわかったのだろう。ネーチャンは「お客さんお名前は?」と話題を変えてきた。
「ワルシャワ」
と答えると。
「おっと、そのご苗字は愛知県に多い」
およよ、当たった。鋭いぞネーチャン。
「藤原氏も地方に行って加藤、近藤などと名乗ったが、最終的にはその地名を苗字にした。愛知県のワルシャワという地名がお客さんのご苗字になった。縁起物です。家紋入りのキーフォルダーはいかがです」
そうくるよね。で、ワシャはこう答える。
「キーフォルダーは間に合っているなぁ」
ワシャはラペルピンやネクタイピン、ピンバッチなどが好きなのである。左襟に挿したカキツバタのピンを示して「ごめんよ。ワシャがほしいのはピンバッチなんだわ」と付け加えた。
そう言ったら、ネーチャンの目が輝いたねぇ。手元から水引で造った小さな青い薔薇、赤い薔薇を出して見せてくれた。さっきから手元で作っているのが気になっていたんですよね。
「試作品なんですけど……」
信州の水引で編んだ上品な青のピン。それはピンバッチというよりネクタイピンだった。
ワシャは速攻で声を発する。
「買った」
ネーチャン、困ったように応じる。
「造ったばかりで値段が付けてないんですよな」
「言い値でいい」
「う〜ん」
ネーチャン、しばらく考えて「2000円」と一声。
ワシャは胸のポケットから野口英世を2枚出して渡す。
シャシャシャンシャシャシャンシャシャシャンシャン。
「今日一番気持ちのいい商売でした」
とネーチャン。
ワシャがブルーのジャケットの襟に青いバラを付けると、
「お似合いですよ」と言ってくれた。お世辞にきまってますがね。