官から民

 このところ中日新聞が鋭い。
 昨日の紙面に《集客優先 危うい文化行政》という見出しが躍った。ネタは5月3日の日記にも書いた「学芸員への悪口」などを前ふりにして、文化行政への理解の浅さを指摘している。ワシャのお粗末な日記はこれね。
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/20170503/1493767146

 昨日の紙面では、お題が二つあって、一つは「政治家も国民も教養を軽視している」というものと、民間委託した「ツタヤ図書館」のネタだった。
 最初は「がんは学芸員」と言い放ったバカ大臣を取っ掛かりにして「学者や政治家を含めて国民全体が精神的に貧しく、底が浅い。教養がなくなっている」と指弾する。少しばかりの上から目線を感じるが、実際にそうなってきた現実は多くの方が感じているところではないだろうか。京大の長尾真名誉教授は言う。
「書店は話題本だけならべて、公共の図書館すら五十年、百年の鑑賞に遇える本を置かなくなった」
 必ずしもそうではないけどね。ワシャの行く駅前の本屋はおもしろい本のチョイスをしている。時々、ワシャを念頭において選書がされていて、まんまと釣り上げられていたりする。レジで「ワルシャワさんが買うと思ってました」とか言われると、くやしー(笑)。
 でも、多くの書店で長尾氏の言う流れになっていることも現実だろう。

 二つ目のネタの「ツタヤ図書館」である。記者は神奈川県の海老名中央図書館を取材している。TSUTAYAが指定管理に入って1年半が経過した。カフェを入れ、開館時間を延長し、来館者は1.7倍に増えたそうな。ただ館内を細かく点検していくとおかしな点が見えてきたと記者は言う。
《「西洋近代史」の棚に、中国やモンゴルの歴史書が並ぶ。「IT」の棚に、17年前の古い「ウィンドウズ早わかりガイド」。雑誌は14年度の148種から半減した。》
「西洋近代史」東アジアの歴史はあまり関係がない。中国やモンゴルの書を置くなら十進分類法の「220アジア史、東洋史」であろう。とはいえ「西洋近代史」は「230」分類なのでそれほど違っているわけでもない。小さな図書館なら同じ棚だ。ワシャの書庫では書架そのものが違うけどね(自慢)。それにしても司書がしっかりしていればおそらくそんなことは起きない。17年前のIT本もいかがなものだろう。賞味期限が短いということで言えば、IT関連ほど足の速いものはない。そして雑誌の激減は、単に支出削減の利益誘導でしかなく、指定管理者の「銭儲け」が丸見えである。

 最悪な事例はこれだ。
《来年二月に開館する山口県周南市で、中が空洞の「ダミー本」を三万五千冊分、約百五十二万円で購入する方針が明らかに。》
 はあ?
《市の担当者は「本に囲まれた空間創出のため」と強調》
ってアホじゃないか!よくこんな愚劣な予算が通ったものだな。提案した部局もバカだが、それを認めていった財政当局、執行部はゲスの集団か。
 おそらくこんな悪知恵は行政関係者には出せるものではない。間違いなく業者サイドから提案がされたものだろう。
「雰囲気を醸し、見ばえをよくするために手の届かない高所の書架には空箱を並べましょう。それなら1冊43円で羊の頭が見せられます」
 バカか!中身のない箱だけに43円払って何がしたいのだ。そんなものからは市民、利用者に対して一粒の知識もしたたり落ちない。それならブックオフに行って108円の新書を14,074冊買ってきて並べたほうがよほどまともだ。
 箱だけ図書館……ここまでくると民営化の狂気としか言えない。

 最近になってようやくTSUTAYA関連のCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)などへの指定管理に対して疑問が呈されてきた。愛知県小牧市はCCCへの指定管理を白紙撤回している。小牧市民はいい選択をしたと思う。

 今、ワシャは「CCCなどに……」と書いた。公立図書館の指定管理については、実はCCCが本家本元ではない。もっとすごい組織が座っている。このことは図書館学の専門家で指定管理についても研究をされている田井郁久雄(たいかくお)氏が、永年の労作である『図書館の基本を求めて』(大学教育出版)全7巻に縷々述べられているのでそちらに譲りたいけれど、誰も読まないですよね(笑)。ワシャも昨日借りてきて、夕べからかいつまんで読んでいるだけなので、要点だけになるんですけど……。
 要するに「図書館行政は費用対効果に照らすと職員数が多すぎ人件費がかかりすぎる」「組織的位置づけから職員の仕事の効率が悪い」、実は違うのだけれど、こういったことを理由にして全国の自治体で「効率的な運営と高度の図書サービスの提供」に向けて民間委託の導入を進めている、ということなのである。
 ところがどっこい、民間導入はそれほど甘くない。CCCなどは下手を打っただけで、巧くやって尻尾を出さない問屋もある。
 田井先生が明確に言っておられるのでワシャがここで隠しても仕方がないので言うけれど、図書館業界に強い影響力を持つTRC(図書館流通センター)という大きな企業がある。ここが図書館の指定管理にかなり積極的だ。それはワシャの地元も例外ではなく、「効率的運営」「サービスの高度化」「人件費の抑制」などのお題目で、どんどん宗旨替えをする自治体が増えているのである。CCCほどのことはない。しかし、田井先生のリポートを読み、実際にその手の図書館に足を運んでみると、じわじわとボディーブローが効いてきているのが垣間見える。
 その結果が出るのはおそらく10年20年先なのだろうが、図書館行政に関してだけ言っても「官から民」は「缶空民」(民間という空っぽの缶)のような気がしてならない。空っぽだから小銭だけは入りそうだが。

 指定管理にしても、うわべの羊の頭は見栄えが良くなることは間違いない。しかし、肉は犬だったりあるいは箱だけだったりするので注意をする必要はある。小泉元首相が言うほど民間というのは甘くない。

 今日は雨だし休みだし、ついでに書いちゃおう。
 今朝の朝日新聞経済面に御園座のことが載っている。御園座の会長に長ったらしい名前の銀行の常任顧問が就任するんだとさ。現社長の創業家の長谷川栄胤(よしつぐ)氏は副会長になる。銀行から会長が降下すれば副会長なんてお飾りもいいところ。おぼっちゃんおぼっちゃんしていい感じの人だったが経営危機の責任を取らされた格好だ。
 それはそれとして御園座の再建を文化として考えたい。経営は危機に陥ったが、それはそもそも時代の流れであり、全面的に創業家の責任ということでもあるまい。地元の人間であり、直接、会ったこともあるので肩を持つけれども、さて、銀行から天下った京大卒の会長に「東海の文化」が語れるのか。おそらく資金のやりくりなどについては、それは巧かろう。しかし劇場は文化なのである。文化を知らないCCCがしゃしゃり出てくるから高雄や海老名の文化が失われていく。
 はてさて御園座の新会長さんのお手並みはいかがでしょうか。楽しみだなぁ〜。