草枕

 昨夜、地元で読書会。課題図書は夏目漱石の『草枕』だった。『草枕』、漱石の名文である。冒頭の「智に働けば角が立つ……」は有名ですよね。ワシャよりも年配の方は、トリスのテレビCMでよく聴いたフレーズではないだろうか。そこもそうなのだが、他にもいいところが満載だ。
「孤村の温泉、春宵の花影、月前の低誦、朧夜の姿」
「余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好きだ。別段食いたくはないが、あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた練上げ方は、玉と蝋石の雑種の様で、甚だ見て心持ちがいい」
「余は女と二人、この風呂場の中に在る事を覚った。注意したものか、せぬものかと、浮きながら考える間に、女の影は遺憾なく、余が前に、早くもあらわれた。漲ぎり渡る湯烟りの、やわらかな光線を一分子毎に含んで、薄紅の暖かに見える奥に、ただよわず黒髪を雲とながして……」
「あの女は、今まで見た女のうちで尤も美しい所作をする。自分で美しい芸を見せると云う気がないだけに役者の所作よりも猶うつくしい」
「窓間の竹数十竿、相摩して声切々已まず、竹間の梅棕森然として、鬼魅の離立笑髩の状の如し」
木蓮の花許りなる空を瞻る」
 文章はかなり難しい。巻末の「注解」がなければ読めない。「注解」があればなんとか日本語なんだなぁと思える。なにしろ語彙は超絶している。混沌とした宇宙すら感じる。だから奥行きもあって、どこを読んでも、そこだけで小説を読んだような気になるから不思議だ。
 漱石はそこのところを画工にこう言わせている。
「小説は、初から読んだって、仕舞から読んだって、いい加減なところをいい加減に読んだって、いい訳じゃありませんか」
 まさにそのとおりで、『草枕』はあらすじさえ押さえておけば、どこから読んでも面白い。枕元に置いて断片を楽しむというのも、春の夜の小説の楽しみ方ですな。