デカダン

 平成17年、フジテレビで『優しい時間』というドラマが放映された。北海道の富良野あたりを舞台とした父と子の対立を描いた佳作である。シナリオは倉本聰、父子は寺尾聰二宮和也、二宮の亡き母に大竹しのぶ、二宮に恋する少女を長澤まさみが演じている。17歳の長澤の繊細な演技はみずみずしかった。長澤はすでにドラマや映画で活躍していたのだが、ワシャの初見は『優しい時間』だった。あれから12年が過ぎ、今年の6月に30歳になる長澤まさみが座長となって西三河に乗り込んできた。『キャバレー』だ。
http://www.parco-play.com/web/play/cabaret2017/
 キャバレーの歌姫サリーを長澤が演じる。セクシーで大胆で、ときに可憐になる。いい女優に育ってきたなぁ。途中で2〜3回歌声が裏返ったが(笑)、声量もあるしよく透き通ったいい喉を持っている。『真田丸』に出演した長澤効果だろうか、チケットは完売し、追加公演になっても同様にチケットは売り切れた。東京、横浜、大阪、仙台、福岡、大都市に肩を並べて刈谷ががんばった。河村ミャーミャー市長が天守閣にこだわっている間にまともな劇場が名古屋から消えていった。木造の城よりまず劇場でしょ。まぁそんなことに気が回る市長ではないから、名古屋から文化が消えていく。それが刈谷に流れ込んでいる。いいぞいいぞ、名古屋がぼんやりしているうちに名古屋公演をみんな取ってしまえ。「刈谷にはおもしろいものが来るぞ」、この口コミは大きいし強い。刈谷−名古屋は品川−新宿より近いし、刈谷−金山にいたっては品川−渋谷ほどなのである。
 ワシャはもともと濃尾圏構想を持っている。いずれは東京圏、阪神圏に比肩するメガロポリスを、名古屋を核として造っていきたい。その時にJRでも名鉄でも近鉄でもいいが、名古屋駅金山駅から20分圏内はその版図に入ると思ったほうがいい。だから今まともなものを造っておく必要性がある。わずかな財源をケチって、ちまちま修繕にばかり走っていると将来に禍根を残す。そういった意味では刈谷の大ホールを含めた駅前の整備は先見の明があったと言える。
 話が逸れた。『キャバレー』のことである。長澤には触れたので、その他の出演者について。
 狂言回しのエムシー石丸幹二の存在感は大きい。さすが劇団四季の看板俳優だっただけのことはある。舞台映えというのだろうか、強烈なオーラを発している。クリフ役の小池鉄平、娼婦役の平岩紙(ファブリーズのお母さん)などもいい仕事をしていた。
 劇の演出のことなのだけれど、前半のラストから「ハーケンクロイツ」が登場してくる。舞台に大きな縦幕(赤地に白丸の中に鉤十字)が落とされた時にはハッとした。80年の時代が過ぎ去っても、ナチスの行った宣伝効果というものがいかに効率的でインパクトのあるものだったかを認識せざるをえない。3枚の赤と黒の幕が切って落とされた時、1500人の観客は息を飲んだ。3枚の懸垂幕で、浮ついていた舞台、客席を一変させた。松尾スズキ、なかなかやるなぁ。
 不況にあえぐ1930年代のドイツにあって、あの旗が民衆から歓喜の声で迎えられたことは間違いない。そういった色でありデザインであると思う。
 いろいろと考えさせられもしておもしろいミュージカルであった。

 おまけとしてというか、また長澤サリーに戻るのだが、とてもセクシーだと冒頭で言いましたよね。それはそうなのだが、1972年の映画『キャバレー』のライザ・ミネリの演じたサリーのケバさ、退廃的な雰囲気にはまだまだ到達できていなかった。当時、ライザサリーが26歳、昨日の長澤サリーより3つ若い。それなのにあの映画のサリーのケバさはいかばかりであろうか。長澤まさみが巡業を通じて、また年齢を重ねることで、戦争前夜のデカダンなベルリンを醸せるようになると素晴らしい。