坊っちゃん

 夏目漱石の『坊っちゃん』である。江戸っ子の典型のような主人公である。文中の主人公評は「無鉄砲」で「せっかち」で「乱暴者の悪太郎」だけど「真っ直ぐ」で「人に隠れて自分だけ得をするのが大嫌い」な若者である。格好いい。
 松山の中学校に赴任して、下宿がきまるまでの間は宿屋に泊ることになるのだが、ここで坊っちゃんは、宿屋に見くびられまいとして全財産の3分の1の5円を茶代として奮発する。
 先日、友だちと居酒屋で飲んでいて、支払いの時にちょっと多めに出した。飲んでいた友だちが年下ということもあって、ワシャが多めに出すのは当然だと思ったからである。友だちは割り勘にこだわったが、結局、ワシャのわがままをつらぬいた。
「出したい人なんですね」
 と、呆れ顔で言われたものであるが、そう、出したい人なのである。自称江戸っ子でもあるし(笑)、見栄坊でもあるのだ。さすがに財布の中身の3分の1をチップではずむようなことはしないけれど。
坊っちゃん』だった。
 この物語で、悪役を振り当てられているのは教頭の赤シャツである。ある意味ボロクソだ。坊っちゃんの赤シャツ評である。
「ともかくも善い男じゃない。表と裏とは違った男だ」
「嘘つきの法螺右衛門だ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガ―の、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」
 と、ペテン師に並べて、いろいろな江戸っ子らしいベラボーな悪口で、ナンバー2をけなす。
 この赤シャツから坊っちゃんへ昇給の話がもたらされる。給料が上がるのは悪い話ではない。しかし、それが同僚のうらなり先生の左遷から発生した差額だと知らされるとあっさりと断ってしまう。
「さっき僕の月給をあげてやると云うお話でしたが、少し考えが変わったから断りにきたんです」
 赤シャツは社会人としての経験をつんだ大人である。いろいろな理屈をつけて坊っちゃんの思いつきを否定していく。坊ちゃん、理屈をこねるのは得意ではない。でも、
「あなたの云うことは本当かも知れないですが、とにかく増給は御免蒙ります。解しかねるかもしれませんがね。とに角断ります」
 そういうことなのである。理屈ではなく気性なのである。さっぱりとした竹を割ったような人格なのである。

 このニュースを聞いて『坊っちゃん』を思い出した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161119-00000040-san-l40
 博多の陥没事故で支払われる賠償金について辞退を申し出る経営者がいるんですぞ。《東日本大震災熊本地震の被災地で支援活動に従事した経験から、「私たちの被害は小さかった。もっと他の必要なことに使ってほしい」と語った。》
 偉い!
 人よりも得をしようとしてぎすぎすしている昨今、気持ちのいいはなしじゃぁねえかい(なぜか江戸弁)。「タカラ薬局」の社長さんは見栄をはったわけでもない。それに坊っちゃんの茶代よりもはるかに有効な金の使い方であろう。
 さすが日本人にはまだまだ気風のいい人がいるんだねぇ。