ペテン師

 かぐや姫の「ペテン師」
https://www.youtube.com/watch?v=YSkFDv8yK2U
という曲が好きだ。
 高校時代、フォークソングが全盛で拓郎や陽水、かぐや姫などが文化祭やクラス会でよく歌われた。ワシャは「ペテン師」を好んで弾いたものである。使われているコードが少なく簡単だった。D、F#m、F#7、Bm、Em、E7、これだけ押さえられれば弾ける。その割にメロディーがいい。そして高校生の青二才には、詩がよかった。
 この歌の主人公は「その男」である。その男は恋人と別れた。髪をなでながらやさしく口づけをして……。この状況からして、その男には別れることへの逡巡はない。それは直後の「こころのどこかで赤い舌を出して笑った」で明確になる。ここが女性からは嫌われる。「なんてひどい男なの」ということなのだろう。そしてその男は歌い上げる。
《そうさ 男は自由をとりもどしたのさ そうさ 男は人生のペテン師だから このいつわりもいつの日にか ありふれた想い出に すりかえるのさ》
 恋人と別れて自由を取り戻す……高校時代である。まだガキだった。恋人と別れて自由を取り戻す、なんていう感覚は未体験ゾーンの話で、想像すらできない。異性にようやく興味が出はじめた時期である。同級生の女子たちが日に日に女らしくなっていくのをまぶしく、もどかしく眺めていた。とはいえ一歩踏み出す勇気もなく、「それならそれでいいもんね」と開き直って、男友達と泥んこになって遊んでいたころである。
 そんな思春期のさなかに、出会ったのが「ペテン師」という曲だった。今までにはなかった大人の感覚がそこにあった。
 一番で「ペテン師」の正体を現した男は、悪魔のような赤い舌を見せた。しかし、二番に入ると、男は女房をもらう。人もうらやむようなすばらしくきれいな女を。旬でいうならイヴァンカ・トランプさんのような嫁さんだろう。
 だが男の心のどこかに、寒い風が吹いたのである。最後のさびの部分はこうだ。
《そうさ 男は自由を手離しちまった そうさ 男は人生のペテン師だから ひとりぼっちの幸せを たいくつな毎日にすりかえたのさ》

 男は、二番では赤い舌を見せなかった。そしてペテンにかけたのは自分自身だった。ペテン師は人にウソをつく。でも、自分自身の気持ちにはウソをつかない。それはペテン師の最低限の矜持である。それを逸脱したとき、自分自身にウソをつかなければならなくなった時、ペテン師はペテン師でなくなり、平凡な男に変容していく。
 この歌は、ウソつきの歌である。でもね、悲しいウソつきの話であり、一番で印象的に出てくる赤い舌も、悪魔の赤い舌ではなく、ピエロの舌のように思える。結局、退屈な日常にもどるとき、ペテン師は消えてなくなる。