朝寝坊をした。ぬくぬくの布団からはい出してきたのは午前8時を回ってからだった。もっと早く起きてはいたのだけれど、布団にくるまって北原亞以子の文庫を読みだしたのがいけなかった。結局、布団の中で1冊読んでしまった。
2階の寝室から階段をおりて玄関の戸を開ける。今日もいい天気だ。庭の先にある妖怪ポストに朝刊をとりにいき、ふと蹲踞の方向を見る。苔の庭の真ん中あたりをなにかが横切っていくではないか。拳を二つ合わせたぐらいの灰色の物体が、そんなに早いスピードではない、ゆっくりとゆっくり動いている。
「なんじゃ?」
と、よくよく見れば、立派なワタリガニがワシャの庭を悠々と横断してゆく。そりゃ天気もいいから、ワタリガニだって散歩をするだろう。
ワシャは新聞をわきに挟むと書庫にもどって新聞を寛げた。
携帯に入電があったようだ。確認すると、後輩から午前6時過ぎに電話があった。彼とは金曜日に飲んでいるので、そのお礼の電話だろう。掛け直すと、やはりそうだった。そして「朝、三河湾の漁港に行ってきた。活きのいいカニが手に入ったので、玄関の傘入れのところに置いてある」と言うではないか。
およよ、さっきのカニはそのカニか。
後輩が驚くといけないので言い足しておく。カニはちゃんと傘入れの中に納まっていた。少し話をおもしろくしてしまった。