お世話になりました

 風が冷たくなってきた。もうジャケットだけでは流星号(自転車)で走るのはきびしい。だからウインドブレーカーをその上に羽織っている。
 しかし、高校生は元気だ。まだ半袖のシャツで自転車通学しているツワモノがたくさんいる。そいつらがオジサンをすいすいと抜いていく。若さには勝てまへん。

 自転車道の途中に県道と平面交差する場所がある。その辺の自転車道では唯一信号があるところだ。だからそこで自転車の流れがいったん遮断され県道の両側に自転車が何台も滞留する。この交差点の角に木の鬱蒼と生い茂った家がある。どうだろう、ワシャが自転車道を使って40年になるが、ずっと鬱蒼としたままだった。この鬱蒼屋敷の樹木が道路のほうにはみ出していて、夏になるといい木陰をつくってくれたものである。しかし、何年か前に誰がが苦情を言ったんでしょうね。道路にはみ出ていた部分がばっさりと剪定されていた。剪定なんてものではない。木のことなど考えずに境界で断ち切った感じだった。その時から日陰はなくなったのだが、樹木というものは元気ですね。また枝を伸ばし始めて、次の夏には、ちょうどワシャの頭一個くらいが隠れる木陰をつくってくれた。お蔭でそれからの夏も信号待ちで涼しい思いをさせてもらった。
 それが先週のこと。突然、鬱蒼とした庭が根こそぎ伐採されていた。梅雨になると淡い青やピンクの色をつけるアジサイの大株も、赤い花をつける百日草も、何本かの立ちの高い樹木も、みんな消えていて赤土がむき出しになっている。
 おそらく住宅地の真ん中なので、土地は分譲されて何軒かの住宅が建つのだろう。周辺の住宅は敷地いっぱいに建てているので、おそらくここもそうなる。もうあんなに鬱蒼とした庭にはお目にかかれないだろう。40年、木陰を提供してくれた名も知らない人の庭の木よ。ながいことお世話になりました。