アラビア語の訳(クラシック)

 シャーラザッドというのはアラビアの女性の名前である。響きがいいと思う。いかにも知的で美しい女性をイメージしてしまうのは、この名前の主人公が『千一夜物語』の主人公の名前であるからなのかもしれない。
 書庫に『バートン版 千夜一夜物語』(筑摩書房)がある。全8巻の揃いで、「原色秘蔵版」となっている。確かに本の挿絵がカラーだ。古沢岩美画伯
http://www.ichimainoe.co.jp/gallery/20121001.html
の筆によるもので、なかなか艶っぽい仕上がりになっている。この本が父親の書棚に並んだのは、ワシャが小学生の低学年の頃だった。アラビア女性の美しい裸体があちこちに描かれているので、小学生だったワシャには「禁断の書」だった。もちろんませていたワシャは親の目を盗んで、『バートン版 千夜一夜物語』をせっせと読んだものである。
 この物語、王の伽をするために召しだされた女性が、夜毎に語る説話の集大成であることは有名だ。邦題としては『千夜一夜物語』、『千一夜物語』、『アラビアンナイト』、あるいは『壹阡壹夜譚(いっせんいちやたん)』、『暴夜(あらびや)物語』とも。う〜む、この『暴夜』というのは意味深でいいですなぁ。訳者の高いセンスを感じる。「暴」は「あらぶる」というような読み方はできないけれど、「あらぶる夜」って、なにがあらぶるんでしょうか(笑)。
 ワシャは、持っているバートン版は「千夜一夜」と訳している。だけど個人的には「千一夜」という響きが気に入っているので、言葉にするときには「千一夜物語」と言う。だから冒頭の記述もそうなっている。これには理由があって、ここでもよく取り上げるんだけど、星野之宣のコミック『2001夜物語』が好きなんですね。これは「二千一夜(にせんいちや)」でしょ。「二千夜一夜(にせんやいちや)」ではおかしい。だから本家のほうも「千一夜」と言った方がしっくりとする。つまらないところにこだわっているのだ。

 先日、地元で京都市交響楽団の演奏会があった。その時の演目にリムスキー=コルサコフの交響組曲シェエラザード」が演奏された。このシェエラザードというのは、冒頭に記載したシャーラザッドと同一人物である。
 繰り返しになるけど、妻に騙され、女性不信に陥った王が、その復讐として国の若い娘を王宮に召し、一夜を過ごしては殺していた。よく解らないが無茶苦茶な野郎だ。その暴君を国の女性のためになんとかしようと立ち上ったのが、大臣の娘のシャーラザッドだった。彼女は生き長らえるために、アホな王に自分を悟らせるために、毎夜毎夜話し続ける。
 その主人公の名前もいろいろな訳がある。シエラザード、シェエラザード、シェヘラザード、シャハラザードとか、いろいろな記載があるが、ワシャは、『バートン版 千夜一夜物語』の呼称のシャーラザッドが発語もしやすく、古い馴染であるのでこれを使っている。
 第2楽章は「カランダール王子の物語」に材をとった作品である。このカランダール王子も、訳し方が多彩だ。カレンダー、カマラルザーマン、カマルアルザーマン、カマルウッザーマンとか、いろいろな訳し方がある。「え、別人じゃないの?」と思うことすらある。ことほどさようにアラブの言葉は訳者によって記載が変わる。
 交響組曲のほうは、物語を踏まえておいたので、とても聴きやすく解りやすかった。脳裏に映像が浮かぶ。とくにバイオリンがシャーラザッドの語る部分なので、今、彼女がどんな気持ちで寝所で話をしているのかがイメージできておもしろかった。