マックイーンにはなれなかった

 ワシャは映画小僧だった。JR駅前周辺に何件もの映画館があったので、そしてそのうちの1軒の小屋主が祖父と仲が良かったので、フリーで出入りしていた時期もあった。
 先日、哲学者と映画の話をしていて、「好きな映画は『ローマの休日だ』」と言ったら笑われてしまった。息巻いて質問していたわりにあまりにオーソドックスな映画だったので呆れてしまったのだろう。でも、本当にワシャの中では「№1」だから仕方がない。仏像でいえば弥勒菩薩みたいなものなのだ。
 その次というと、やっぱり『大脱走』ですね。ワシャの人生に大きな影響を与えたという意味においては、この映画は『ローマの休日』以上であろう。個性豊かな男たちの生きざまにメロメロになったものだ。
 米軍大尉のヒルツ(スティーブ・マックイーン)は格好よかったなぁ。ヘラヘラしながらも、反骨精神の塊で、果敢に単独脱走に挑戦し続ける。脱走17回のレコードを持っているツワモノである。何度も何度も独房に入れられるのだが、不屈の精神で甦ってくる。グローブとボールでコンクリートの箱の中で耐え続けるのだった。目指していればいつかはこんな強くて優しい男になれるんだ……と願っていたが、そんな甘いものではなかった(笑)。
 リーダー格のバートレット少佐(リチャード・アッテンボロー)にも大きく感化された。この『大脱走』という映画は実話であることは有名だ。バートレット少佐も実在上の人物で、ドイツの後方攪乱ということで、脱走を企て続ける「ビッグX」と呼ばれる男だった。
 この脱走計画はある種のプロジェクト、イベントと考えられる。「ビッグX」が企画立案して、それぞれの部門でプロジェクトの下ごしらえをしていく。物資調達のヘンドリー大尉は、不自由な収容所の中で、食糧、建築資材、はてはカメラまで調達してくる。脱走用のトンネルの掘削もシステム化されている。100mに及ぶような地下トンネルを一時期は3本も掘っていたのである。
「プロジェクトを実行するのはおもしろい」と中学のガキは思ったものである。当時「プロジェクト」などという単語は知らなかったが、なにかイベントを企画実行するのが楽しそうだなぁと思ったわけだ。
 中学校の体育大会で仮装行列があった。1年のワシャのクラスは「大名行列」をやった。ところが2年生3年生でも大名行列を出すクラスがあって、ネタがかぶってしまった。だけど、バートレットの企画力を学んでいた1年のワシャのクラスがダントツに好評だった。エッヘン。
 翌年は『ベンハー』に影響され、「奴隷の行進」を、翌々年は『駅馬車』にほれ込んで、幌馬車を作って競技場を走り回ったものである。
 あの頃から、ずっとイベント屋だなぁ。